DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ SAY YESーカイタカ結婚物語❶

    第一章

 三月。金曜日の昼下がり。
 帰宅した木ノ宮タカオはストライプ柄のネクタイを緩めると、祖父が営む剣道道場の縁側にドサッと倒れ込んだ。菜種梅雨には早いが、気温はすっかり春のようだ。
「……っくしょー、ちくしょー!」
 またしても「お祈り」されてしまった。いや、正式な「お祈りメール」は届いていないけれど、あの様子では不採用に決まっている。
 やっとの思いで、幹部との三次面接までこぎ着けたのに、最後の最後でダメ出しを食らうなんて。考えただけでも腹が立つ、ここまでに費やした時間を返して欲しい。
「振り出しに戻るかよ、クソッ。もう、やってらんねーよ」
 訪問した会社への愚痴を呪文のように唱えていると、
「おやおや。その様子だと、またフラれましたね」
 顔を覗き込んできたのは、道場を訪れた盟友の才媛マナブこと、キョウジュだった。いつもの白衣姿ではない、流行遅れのデザインのスタジャンを着ているところがいかにも彼らしい。
「へいへい、そのとおりだよ、悪かったな」
 タカオの隣に腰を下ろすと、キョウジュはしたり顔で、
「だから言ったでしょ? あの時、ワタシと一緒にBBAの研究所へ就職すれば良かったのに。(※キョウジュはのちに独立して、自分の研究所を設立する)そうそう、専属コーチの話も断りましたよね、もったいない」
「今さらそんなこと言ったって、しょうがねーだろ。ベイとは関係ないところで働くって決めたんだし」
 不貞腐れたタカオは身体を半回転させると、キョウジュに背中を向けた。
 ジュニア時代の、ベイブレード世界大会連覇の実績など、一般企業への就職に関しては何のアドバンテージにもならない。
 それでも、新卒の時には採用してくれる会社があった。喜んで入社したのも束の間、思わぬ展開がタカオを待ち受けていた。配属先の上司から目のカタキにされたのである。
 じつはその上司の息子が十年ほど前に、ベイの大会予選でタカオに惨敗していたのだ。実力はそこそこで自信もあったのだろうが、負けたことにより、すっかりひねくれてしまったらしい。そんなわけで、父親の方はアンチ木ノ宮となっていた。
 逆恨みもいいところだが、我慢して勤務を続けるタカオに度重なるパワハラ、とうとう堪忍袋の緒が切れて当の上司を殴ってしまった。ところが、じつはこの会社自体がブラック企業だったため、コンプライアンスもへったくれもなく、問答無用で懲戒免職となった。
 以来、ずっと就活を続けているものの、成果は上がらない。フリーター状態だが道場を継ぐ気はない彼に、祖父は「ごくつぶし」と言い、兄は「いい加減に独立しろ」と促す。針の筵だった。
 しかしながら、ここでくすぶったところでどうなるものでもない。タカオはキョウジュの方に向き直ると、
「それにしても、今日は平日だろ。なんで昼間からここにいるの? 臨時のお休み?」
「いやぁ、ずっと残業続きで。年度内に有給を消化するよう、労組に言われたんですよ」
「それはそれは、お勤めご苦労様。せっかくの休みなのに、オレんちしか行くところがないってのも虚しくね?」
「タカオに言われたくないですけど」
「ま、どうせオレは毎日がホリデーだから。あーあ、こうなったらサラリーマンはあきらめて、父さんの助手でもやろうかな」
「タカオのお父さんというと、海外で考古学の発掘調査をなさっていますよね」
「そう。前は兄ちゃんが手伝っていたけど、日本に帰ってきたから今は一人でやってるんだ。もちろん、現地での協力者はいるけどさ」
「でも、そんな、タカオが日本を離れてしまうと寂しくなりますよ」
「そう言ってくれるのはキョウジュだけだよ」
 たわいもない会話を続けていると、門の向こうに黒塗りの高級車が停まった。
「おや、どなたかいらしたようですよ」
 つられてそちらを見る。
 やがて現れたのはアルマーニのスーツをまとった青年で、御供を一人、従えている。鋭い目つきでタカオを、次にキョウジュを見やった。
「カイ……カイじゃないですか! 久しぶりですね」
 火渡カイ——BBAの元チームメイトであり、現在は祖父が創業した会社、火渡エンタープライズの重役を務めている男だ。かつての仲間の登場に、キョウジュは懐かしそうに声をかけたが、タカオはプイと顔を背けた。
 カイはキョウジュに軽く会釈をしたあと、タカオを見下すようなポーズをとった。
「景気の悪い顔をしているな」
「おあいにくさま。誰かさんのありがたーい助言のせいで、このザマなんで」
「自分の至らなさを人のせいにする気か」
「そういうことにしておいてやるよ」

『ベイブレードのことしか頭にない世間知らずは世の中に通用しない』

 カイ自身は中学生の頃から祖父の会社で見習いとして働いているし、タカオより年上の彼は当然ながら、先に社会人となっていた。
 インターンシップが始まるという頃、カイから先の言葉を投げつけられたタカオは意固地になり、現在キョウジュが勤務しているBBAの関連会社などの誘いを断ると、ベイとは関係のない企業へエントリーした。その結果が今の体たらくなのだ。
 不穏な空気が漂い、それを感じたのかキョウジュはカイに向かって、とりなすように言った。
「ま、まあ、タカオも一生懸命就活していますから……でも、あんまりうまくいかないし、こうなったら海外でお父さんの助手をするなんて言い出したんですよ」
 その言葉を聞いて、カイは眉をピクリと動かした。
「そうだ、カイの会社でタカオを雇ってくれませんか? 大企業ですし、何かしらの仕事は……」
「やめてくれよ、キョウジュ。そういうのを大きなお世話って言うんだよ!」
 タカオは鋭い口調で、キョウジュの言葉を遮った。この期に及んで仕事を斡旋してもらうなど、カイに情けをかけられるのだけは我慢がならなかったからだ。
 すると、腕を組んで考える様子を見せたあと、カイはおもむろに言った。
「……仕事ならある」
「ふぇ?」
 思いがけない言葉に、タカオもキョウジュもカイを注視した。
「オレは今年の八月で二十五歳になるが、二十五になったら正式に、社長の座につけと言われている」
「社長……」
「企業のトップともなれば、取引先との付き合いやパーティーなどにも出席しなければならないし、そういった席に連れて行くパートナーが必要になる」
「パートナーって、秘書とか?」
 秘書などという、細やかな神経を必要とする仕事がガサツな自分に務まるとは思えない。それに、カイの後ろで控えている、見覚えのある若い男が青ざめた顔でこちらを見ているではないか。彼が現在の秘書だったはずだ。
「秘書ではない、パートナーだ」
「だから……」
「木ノ宮、永久就職を紹介してやる。オレと結婚しろ」

 

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 その日の夜、火渡家では緊急家族会議が行われていた。
 広さが二十畳以上はあるダイニングにはマホガニー材の大きなテーブルがしつらえてあり、上座には当家の主、火渡エンタープライズ会長の火渡宗一郎が苦虫を嚙み潰したような顔で座っている。齢を重ねていくらかは温和になったが、食わせ者の片鱗が見え隠れする表情だ。
 彼の右側に孫のカイ、息子と対面する位置には父・進と、母・美咲が不安そうな面持ちで辺りを窺っていた。
 進がこの家の敷居をまたぐのは久しぶりだが、カイの秘書から御注進を受けた宗一郎が彼を呼び寄せた。そうしなければならないほどの緊急事態が起こったのだ。
「早速だが……カイ、結婚を申し込んだ相手がいるというのは本当か?」
「ええ、そうですが」
「今夜の夕食はカレーにした」と言うのと同じくらいの、何でもないような口ぶりでカイは答えた。スーツを脱ぎ、今はハイネックのTシャツ姿ですっかりくつろいでいる。
「まあ、結婚……」
「カイもそういう年頃になったんだなぁ」
 初めて聞いたらしく、顔をほころばせる両親、すると宗一郎は無邪気に喜ぶ二人を睨みつけたあと、苛々した口ぶりで、重ねて訊いた。
「その相手があの、木ノ宮タカオというのだな?」
 無言で頷いたあと、カイは目の前に置かれたティーカップを口に運んだ。
「えっ、タカオくん?」
 驚いた進が訊き返す。彼はかつて、タカオに新しいベイを提供したこともあり、互いによく知った間柄だった。
「木ノ宮くんって、何度も大会で優勝した、って子よね?」
 美咲が確認すると、進は大きく頷いた。
「ああ。それに正義感が強くて真っ直ぐで、心根の優しい好青年だよ。彼に出会った者は皆、ファンになる」
 美咲は息子の顔を見つめた。
「わたしはカイが選んだ人なら誰であっても応援するわ」
「私もだ。タカオくんならきっといい……」
「何たわけたことを!」
 両親の祝福コメントを遮り、宗一郎はテーブルをバンッと叩いて怒鳴った。
「この火渡家の嫁となれるのは、それ相当の格のある家柄で、釣り合いの取れる名家の令嬢に限るのだ! あんな、コマ回しの腕前だけが取り柄のヤツなど、ワシは認めん!」
「そんな、お義父さま」
 美咲のとりなしに耳を貸すはずもなく、宗一郎は一方的にがなり立てた。
「おまえの嫁はワシが探してきてやるから、今すぐ取り消してこい! わかったかカイ、返事をしろ!」
 するとカイはジロリと祖父を見やり、至極冷静に答えた。
「オレは次期社長だ。社の重大な課題に於いて、最終的に判断を下さなければならない立場になる。ならば、自分の妻も自身の判断で決める。一線をとっくに退いた会長は口を挟まないでもらいたい」
「なっ、何を?」
 怒りで顔を真っ赤にする宗一郎、普段から血圧は高めの上に、心臓に持病がある彼をこれ以上興奮させてはまずいと、美咲は専属の医師と看護師のチームを呼んだ。
 何かを喚きながら祖父が強制的に連行されると、母と息子は同時に「やれやれ」と息をついた。
「カイ、あなたたちの結婚には全面的に協力するけど、なるべくお義父さまを刺激しないように気をつけてね」
「……わかってる」

    ◇    ◇    ◇

 一方の木ノ宮家では、タカオと祖父の龍之介、連絡を受けて駆け付けた兄の仁が居間の卓袱台を取り囲んでいた。
「……それで、カイにプロポーズされたというのは本当なのか?」
 畳みかける仁に、タカオは神妙な面持ちでこくりと頷いた。
「オレだって冗談だと思いたいよ。でもさっき、火渡さん……カイのお父さんの進さんから『息子をよろしく』って連絡があったんだ。これってもう、絶対ガチなやつじゃん」
「そうか、やっぱり」
「何だよ、兄ちゃん。やっぱりって」
「いや、いつかはこうなると思っていたんだ。そうか、カイめ。とうとう実行したな」
 ニヤニヤしながら一人納得する仁に不審気な視線を向けるタカオ、すると、さっきからずっと黙っていた龍之介が感慨深げに口を開いた。
「ワシが見込んだあの男がのう……タカオ、おまえは三国一の幸せ者じゃ」
「はあ? じっちゃんまで何言って」
「いいかタカオ、よく聞け。一度嫁したからには、何があっても夫と、あちらの御両親に誠心誠意仕えて、おのれの務めを果たしてじゃな……」
 このタイミングで戦前の『嫁の心得』を持ち出す祖父に、タカオは呆れ返った。
「じっちゃん、今時そんなこと強要したら、モラハラって言われるぜ」
「なんじゃと?」
「まあまあ」と、仁はいきり立つ龍之介を宥めたあと、
「で、もちろんオッケーしたんだろ?」
「いや、あんまり急だったから、考えさせてくれって言って、返事は保留……」
 それを聞いて、兄と祖父は咎めるような目でタカオを見た。
「天下の火渡エンタープライズの、社長夫人の座だぞ。未婚女子の憧れ、専業主婦が満喫できるんだぞ。さんざんフリーターやってきたんだろ、これが玉の輿に乗るチャンスだってこと、わかってるのか?」
「そうじゃ。おまえのような粗忽で、コマ回ししか取り柄のない者をもらってくれるというのに、断ったりしたらバチが当たるわい」
 木ノ宮タカオの人物評「コマ回ししか取り柄がない」というのは誰にでも共通した認識らしい。
「……なんか、ヒドい言われようなんだけど」
 周囲はすっかり乗り気になっているが、未だこの展開についていけないのはタカオ自身の気持ちだった。
 オレと結婚しろと、カイは言った。嫌いな相手と自ら結婚しようとする者はいないから、カイは以前からタカオを好き、愛している、ということになる。
 ずっと愛されていた? そうなのか? 兄は気づいていたようだが……
 そこまで考えると、全身がカッと熱くなってきた。今になって意識し始めたなんて、あまりにも鈍すぎる。
 カイはライバルという名の友。互いに競い合う、それ以上に友情を感じていた相手。少なくともタカオはそう思っていたが、二人の友情はその枠を超えて、愛情だったということなのか。
 友達が恋人に変わるというのは、世間ではよくある話だし、古今東西の歌謡曲でも歌われているほど陳腐なネタだが——カイがライバルでも友でもなく恋人、ましてや夫になるなんて——気持ちがぐらついて、何が何だかわからなくなってくる。
 カイと結婚すること、それは彼と生涯を共にすること。そんな人生をオレは選択できるのだろうか……
「ああ、でも、その」
 心の中の声が思わず口をつく。言葉を濁すタカオを見て、仁は心配そうな表情になった。
「まさか、他に好きな人がいるとか?」
「そ、それはないけど」
「だったら、何を迷う必要があるのじゃ」
 こんなにもいい縁談を断る理由はないと、龍之介ははっきりしないタカオに苛立っている様子だった。
「まあ、急な話で、タカオも心の準備ができていないようだから……」
 そう言ってとりなす仁、その時、電話の呼び出し音がやかましく鳴り始め、彼は慌ててそちらに向かった。
「はい、木ノ宮……ああ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
 二言三言話したあと、仁はタカオに「マックスくんから国際電話だ」と取り次いだ。
「マックス? まさか」
 恐る恐る受け取ると、
『コングラチュレーション オン ユア ウェディング!』
 陽気な英語が響き渡って、タカオは思わず耳から受話器を離した。
『ヘイッ! タカオ、久しぶりだけど元気ぃ? カイと結婚するんだって? キョウジュから聞いたよ。ボクらに黙っていたなんて水臭いね』
「黙っていたって、そういうワケじゃ」
 かつてのチームメイトの一人である水原マックスはアメリカ在住で、USAベイブレード開発局に勤務している。
『結婚式には必ず行くから招待してね。休暇を申請するのと飛行機の手配があるから、挙式日が決まったら早めに教えて』
 そんなふうに言われたら「もちろん」と答えるしかない。
 それにしてもキョウジュのやつ、何ておしゃべりなんだ。プロポーズの場に居合わせたのがまずかった。スクープとばかりに、仲間たちに言いふらしたのだろう。
 この調子では、今やDJ稼業で大忙しの皇大地や、中国のコン・レイからもいずれ、お祝いの一報が入ることだろう。世界中のブレーダーたちからも寄せられるかもしれない。なんてこった。
 外堀を埋められて、もう引き返せない気がする。受話器を置くと、タカオは深い溜息を洩らした。

                                ……❷に続く