DOUJIN SPIRITS

二次創作イラスト・マンガ・小説を公開するブログです

爆ベイ SAY YESーカイタカ結婚物語❷

    第二章

 なかなか寝付けず、その反動で朝寝坊をしてしまったタカオは仁に揺り起こされて、ようやく目を覚ました。
「タカオ、カイから電話が入ったぞ」
「えっ?」
「何度メッセージを送っても返事がこないからって、固定の方にかけたらしいけど」
 慌ててスマホを見る。今日の午後一時頃に、こちらに来るという内容だった。
「一時って……げっ、あと三十分!」
 急いで身支度を済ませようとするが、クローゼットを開けて、さて何を着ていけばいいのかと迷う自分に、タカオは戸惑った。
 外へ出かける時、大抵はいつものTシャツにいつものベスト、あるいは赤いGジャンとジーンズ、ファッションに気を遣った試しなどなかったのに、新しいシャツを着てみようか、靴も変えた方がいいかなどと、考えているのだ。それもこれもカイに会うために、なのだと——
 顔を洗い、髪を整える。鏡の中に映る自分は恥ずかしいほどに紅潮していた。
 表に車が到着したらしい。昨日の社用車ではなく、カイが個人で所有している車だが、それを見た仁は「フェラーリ・ローマか。粋なチョイスだな」と言った。
「聞くまでもないけど高級車だよね?」
「ン千万はするだろう」
「うぇぇーっ」

 

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 恐る恐る近づくと、カイは運転席から一旦降り、助手席のドアを自ら開けてエスコートした。今日はスーツではなく、グレーのフードつきシャツに黒いジャケットを合わせている。
「少し付き合え」
「う……うん」
 二人きり、初めてのドライブ。
 いくらか心細くなって、兄を振り返る。仁は笑顔で「いってらっしゃーい」と手を振っていた。
 車が発進しても、二人は暫くの間無言だった。これまでのタカオなら「すげー車だな。このスイッチ押すとどうなるの?」とか「腹減った~。何か奢ってくれよ」などと矢継ぎ早に話しかけ、やかましく過ごしたであろうに。高級車のシートはこんなにも座り心地がいいのに、この静けさのせいで居心地は悪い。
 国道から高速に入る。遠くに海が見えてきた。
 先に口火を切ったのはカイの方だった。
「答えは決まったか?」
「えっと、それは」
「オレにはおまえが必要だ」
 思わず運転席を見る。
「必要って……」
「海外に行かれては困る」
 それはキョウジュが口にした、タカオが父親の、海外でのフィールドワークを手伝うという話を聞いてのことだろう。
 そうと知って、タカオは無性に腹が立った。
「勝手なこと言うなよ、おまえだってイギリスに留学したじゃねえか」
「留学はいつか終わる。だが仕事となれば、いつ戻るかはわからないだろう」
「それはそうだけど」
「社長就任まで、あと半年もない。時期尚早かとも思ったが、六月末までには挙式を済ませて、自分としての体制を整えたい。旅行は仕事の面が落ち着いてからになるが、それは仕方ないだろう。それから……」
 次のプロジェクトの打ち合わせでもするかのように淡々と語るカイに、とうとうタカオの怒りが爆発した。
「降りる! 早く車を停めろ!」
「なんだと?」
 カイは呆れたと言わんばかりに、
「今どこにいると思っている。高速道路だ、死にたいのか?」
「いいから、停めろよ!」
 身体が震えてくるのがわかる。タカオは太腿の上に置いた、両手の拳を握りしめた。
「いったい何なんだよ、その言い草。自分の都合ばかり喋りやがって。オレは、オレは……」
 不覚にも涙が溢れそうになる。手の甲で急いで拭うと、
「おまえとは十年以上の付き合いだから、上から目線なところも、高飛車な物言いも命令口調にも慣れているけど、今度ばかりはムカついてるんだよ」
 カイは黙ったまま、アクセルを緩めずにいる。タカオがなぜ怒っているのかなど、思い当たらないのだろうか。
「オレなんかと結婚しようなんて、そんなふうに思ってくれていたなんて……正直、考えてもみなかったし驚いたけど、嬉しかった。それはきっと、オレもどこかでおまえのこと……好きだったんだって思う」
 インターチェンジ出口を示す看板が見えてきた。カイはウィンカーを点滅させると、ハンドルを左に切った。
「だとしても、少しでいいから、オレの気持ちに寄り添うつもりはないのかよ?」
「……だったら、何と言えばよかったんだ?」
「今さら……もう、いいよ」
 嵐が過ぎ去ったあとのように、タカオは塞ぎ込み、再び黙りこくってしまった。
 何と言ってもらいたかったのだろう。
 おまえのことがこんなにも好きだ、と? 
 頼むからオレと結婚してくれ、と? 
 いや、たぶん、そんなんじゃない。
 虚しい……
 高速を降りると、さっきまで遠くに見えていた海がずっと近くなっていた。
 港に程近い場所の駐車場に車を停め、カイは車外へ出た。タカオもそろそろとドアを開ける。海風に運ばれた潮の香がした。
 人影の少ない港まで進むと、タカオに背を向けたまま海原に目をやりながら、カイは呟くように言った。
「その気がないのなら、あきらめるしかなかったが……」
 それからこちらに向き直ると、
「おまえはたしかに、オレを愛している」
「……は?」
 さっきからの展開がわかっているのかと、苛立ってきたタカオだが、
「だが、おまえが想うよりも、オレはおまえを愛している」
「カ……」
 カイの表情がはにかんで見えた。
 想いが背中を押した。
 タカオは愛する人の腕の中に飛び込んでいた。

 

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 駅前のカフェで待ち合わせをする。
 コーラを半分ほど飲んだところで、白衣姿の友があたふたとやって来るのが見えた。
「いやぁ、遅くなって申し訳ありません」
「こっちこそ、忙しいのにワリぃな」
 店員にアイスミルクを注文すると、キョウジュはノートパソコンをテーブルの上に置いた。小学生の頃から愛用しているが、これが何台目のものなのかはわからない。
「早速ですけど、二次会の会場が決まりましたよ。大転寺会……いえ、退職されて今は元会長ですけど、現執行部に口をきいてくださりまして。その御厚意により、BBAのトレーニングルームを使わせてくれることになりました」
「マジで? やったー」
「結婚式の二次会でベイバトルなんて、聞いたことありませんけどね」
「だって、オレたちの仲間が集まるっていったら、バトルしかねーじゃん」
「新婦のセリフとも思えません」
 結婚式と披露宴は都内の一流ホテルで、会社の取引先なども招待するため、羽目を外すわけにはいかない。その分、二次会では思いっきりハジけてやろうと、タカオはキョウジュに幹事を頼んだのである。
 披露宴に友人として招くことができる人数は限られており、今のところはBBAチームメンバーだったキョウジュにマックス、レイ、大地の四人で、その他の人々については二次会からの参加となる。
 ベイバトルのあとは場所を近くの店に移して、飲めや歌えの三次会も予定されていた。ポリネシアン・バーなる風変わりな店らしく、店選びから手配、出欠確認まで、すべてをキョウジュに任せきりのため、タカオとしては申し訳なく思っているのだが……
「元会長って、今は何してるの?」
「それが、お身体を悪くされたらしく、奥様の故郷……たしか山陰地方だったと思いますけど、そちらで療養されてるようですよ」
「それじゃあ、式に呼ぶのは無理っぽいな。残念だけど」
「そうですね。ワタシも久しぶりにお話ししましたが、タカオたちの結婚、大変喜んでおられました。そのうちお祝いが届くと思いますよ」
「お祝い……さすがに鯛の尾頭付きじゃないよな」
「誰か贈ってきたんですか? あ、わかりました、大地ですね。そうそう、元会長がお二人の結婚をBBAニュースで流していいかって訊いてましたけど」
「えっ、ちょっと、それは勘弁してくれよ。恥ずかしいって」
「いずれ報道されますよ。何といっても、火渡エンタープライズ次期社長が結婚、しかもお相手はかつてのベイブレード世界チャンピオンですから、話題性抜群でしょう」
「はあ~」
 キョウジュは興味津々といった様子で、話を続けた。
「友達の結婚式に出席するのは初めてですからね。ワタシとしても、とても楽しみにしてるんですよ。マックスたちとも久しぶりに会えますし。あの、芸能人の披露宴みたいに、高さが五メートルぐらいあるケーキに入刀するんですか?」
「今時やらねえと思うけどな」
「それじゃあ、キャンドルサービスの入場でゴンドラから降りてくるとか、舞台がせり上がるとか」
「それって、昭和の結婚式じゃね?」
「ですよね。ああ、それにしても六月の花嫁、ジューンブライドですか……いいですねぇ」
 キョウジュは自分が当事者になったかのように、うっとりとした。
「それで、ブライダルエステとかに通うんですか?」
「そ、そんなのやるわけねーだろ」
「花嫁の心得ですよ。当日までにお肌の調子を整えて、最高にキレイなタカオをカイに見せてあげないと」
「あのなぁ」
 暫くして、店の中に入ってきた人物に気づいたが、それは噂の花婿・カイだった。この前とは色違いのアルマーニを着ている。足早に近づいてくると、
「待たせて済まなかったが、済まないついでに言うと、急な会議が入って今日は行けなくなった。全部そっちの判断で決めていい。あとで連絡してくれ」
 キョウジュに挨拶するでもなく一方的に話すと、彼は大急ぎで引き返した。扉の向こうにはいつもの秘書の姿が見えた。
「何処か一緒に行く予定だったんですか?」
「ああ……式場の担当者と四回目の打ち合わせ。引き出物とか、それを入れる紙袋の種類まで、決めることが細々していて、思っていた以上に面倒なんだ。テーブルの上の花はどうするだの、場面毎に流す音楽を選べだの……もう何でもよくなっちまうぜ」
「いやぁ、何でもってわけには」
「あいつ、仕事が忙し過ぎて、招待客のリストだって秘書任せだったし」
 タカオと秘書の二人で打ち合わせに行ったこともあったらしい。誰と結婚するのか、わからなくなりそうだ。
「それで浮かない顔を……マリッジブルーってやつですね」
「へえ、そう呼ぶんだ。そうかもな」
 長年の友人を温かい目で見つめると「大丈夫ですよ」とキョウジュは励ました。
「住む場所が離れたことはあっても、カイとタカオの絆は十年以上繋がっているじゃないですか。この先もずっと、心は一緒ですよ。まあ、何かと大変でしょうけど、当日まで体調を崩すことのないように過ごしてくださいね」

                                ……❸に続く