DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ パラレル小説 PRECIOUS HEART P-Ver. ❺

    第五章

 水谷楽器から少し行ったところに『Zodiac』という喫茶店がある。高校生がよく行くファーストフード店でもなく、流行りのカフェスタイルでもない、古臭くていくらか寂れた感じのするこの店はマスターの好みで選曲された「あの頃のロック」がいつも流れており、そこらがサジタリアスメンバーのお気に入りで、練習のあとは大抵ここでくつろぐことにしている。

 まるでオヤジ趣味、とても十代の集団とは思えないと言われそうだが、朋成曰く、古きを訪ねて新しきを知る、とか。音楽の好みが一致しているのも、バンド活動には重大な要素なのだ。

 天馬が薄暗い店内に入って行くと、一番奥にある、いつものテーブル席を陣取っていた文弥がここだと手を振るのが見えた。その隣には恭介が、向かい合わせに朋成がいる。

「わりと早かったですね」

「ああ。疲れたからやめた」

 朋成の隣にどっかりと座った天馬はアイスコーヒーを注文したあと、テーブルの上に両腕を投げ出して顔を埋めた。

「あれ、丈は?」

「帰った」

 動揺を見せないように、うつ伏せたままで答える。

 彼は今日もボランティア活動かもしれない。だからここまではつき合えないのだと擁護したり、あんなことをされたあとで顔を突き合わすのはイヤだから、これでいいのだと納得したり。複雑な気持ちを持て余す天馬の心中など、誰も知る由はない。

「相変わらずつき合い悪いやっちゃな。あいつがここまで来るのと、宝くじに当たるのとどっちが多いやろ」

 素気無くコメントした文弥がライターを取り出して、タバコに火をつけた。

「あー、また吸ってる。未成年のくせに、この不良」

「練習後の一本がウマイんや」

 煙を吐き出す顔がとても同い年には見えないほど大人びて、子供っぽいと言われる天馬には羨ましい限りだった。

 ほれ、と右隣からシガレットケースを差し出されて、恭介もタバコを受け取る。真面目が売りの特待生にあるまじき行為だが、息抜きも必要だという文弥の勝手な理屈に乗っかって、大人の味を覚えてしまったらしい。

 イイ男は何をしても格好がつくというべきか、こちらも指に挟むポーズがサマになって、憧れと悔しさが同居する。天馬は渋い顔をしてみせた。

「おまえらなぁ、オレに副流煙を吸わせるのはやめろよ。ヴォーカルは喉が命だって、わかってるくせにやってる、確信犯だな」

 自分は喉を守らなくてはならないという使命感があるから、天馬は決してタバコを吸わない。高校生ともなれば、好奇心で一度は吸ってみたいと思うだろうが、彼はそういう気にはならなかった。

「へいへい」

 いい加減な返事をしながら、恭介にもライターの火を向ける文弥、それを睨む天馬を見て「まあまあ、いいじゃないですか」と朋成がとりなした。

 刈田朋成、学年きっての優等生のはずだが仲間の違法行為に何らコメントしないあたり、ガチガチの堅物でない、柔軟性のある人物なのだ。

「それにしても、土門くんの話にはびっくりしましたね」

「土門が氷川と従兄弟同士で、おまけに丈と氷川が中学で組んどったとはなぁ」

 コーラの入ったグラスを手にした関西弁の不良男が「世間は狭い」と、オバサンのようなセリフを言ってのける。

「あいつ、そんなこと今まで一言も言わなかったよね。朋も初耳だったんでしょう?」

 恭介の質問に「ええ」とうなずきながら、朋成はオレンジシュースをかき混ぜ、氷がグラスに当たってカラカラと音を立てた。

「彼は自分については何も話しませんから。昔からそうですよ、一匹狼という表現がぴったりきますよね」

「何で喧嘩したんやろな」

「やっぱり音楽性じゃないかな。丈は彼らの曲のイメージじゃないし」

 三人が丈や氷川について語っている間、天馬は黙ってストローの端を噛んでいた。

 その一匹狼に迫られて、こっちはもうメチャクチャだ。さっきの出来事を思い出すと、胸が潰れるほど苦しくなり、身体の芯が熱くたぎる。

 本当はもっと触れられたかった、あんなふうに拒絶しなければ良かったと、後悔する気持ちに気づき、天馬は悄然とした。

 丈と深い関係になってもいいと、そう願っていたというのか、オレは。相手は男だぞ、それってもしかして、とんでもないことじゃないか、でも……

 マ、マズイ、こんな場所で勃起してどうする、と両の太腿をしめつけてみる。

 チラリと天馬を窺った文弥は「天馬、その顔はしばらく抜いとらん、ってカンジやな」と恥ずかしい言葉を投げた。

「あんまし溜めると身体に毒やで。適当に出した方がええって」

「何を言い出すかと思ったら、また下ネタかよ。ネコは春だけど、誰かさんの場合は毎日が発情期ってやつだな。言っとくけどオレはおまえみたいに、年がら年中ヤリまくりじゃねえから」

「童貞がよう言うわ。ま、おまえも女を抱いてみればわかるって。ごっつう柔らかくて、温かいんや」

 文弥は大袈裟な身振りで、誰かを抱きしめるようなポーズをとってみせた。

「あんなに気持ちのええもんはないで。ホーマンな胸の谷間を思い浮かべただけでビンビン、鼻血出そうや」

「うるせえよ、この色ボケが。女子高生への淫行罪、並びに強制わいせつ罪で捕まっちまえ、犯罪者。オレは変態撲滅運動の一環に協力する、まずはこいつを逮捕だ」

「ふふ~ん、残念でした。今は女子高生やあれへん、年上とつき合っとるんや。大人の女やで、ホーマンやで」

「へえー、そりゃ何日続くか見ものだな。二年に進級してから、これで何人目だっけ? 最短記録を更新しないように、せいぜいガンバレよ、どスケベ男」

 過激なやり取りに、あとの二人が呆れ返った顔をした。

「まったく、文弥くんの言動には毎回ハラハラさせられますね」

「同感だね」

「何や恭介、おまえまでそっちの席の、童貞組の味方するんか? 女知っとるくせに」

「僕はまだ知らないよ」

「ほんまに? モテモテやから、てっきり経験済みかと思とったのに」

 女性関係など一切ない、誤解されては困ると言わんばかりに、恭介はすかさず言い切ったが、さっきの発言は文弥の罠であると天馬は思った。恭介が好きなのは天馬だという、自分の考えを証明したかったのだ。

 案の定、恭介は急に落ち着かない素振りになって目の前のブレンドを飲むと、チラチラと天馬の方を見た。

「どうせオレたちゃ童貞組。仲良くやろうぜ、な、朋成」

 わざとらしく言って肩を組む天馬に、朋成は苦笑しながら「そうですね」と答えた。

「朋、天馬の仲間はヤバイで。女には絶対にモテへん」

「モテなくて悪かったな」

「その代わり、男にはモテモテの特典つき」

 こいつ、わかっているくせに恭介の前で何を言い出すのかと、天馬はヒヤヒヤした。

「あのなぁ、みんなの誤解を招くようなことは言うなって。オレだってダイキのファンだぜ、それと同じだろ」

「ファンにも程度があるさかいにな」

「まったく、ああ言えばこう言う」

「まあまあ、二人とも」

 この日、何度目かのとりなしのあと、朋成は「仲間が天馬くんだけとなると、ちょっと引っ掛かりますが、恭介くんも一緒だと聞いたので、問題はありません」と、平然と言ってのけた。

「わっ、ひでえ言い方。中学からのつき合いなのに、友達甲斐のないヤツ」

 三人がごちゃごちゃと騒いでいる最中、ずっと黙っていた恭介だが、そろそろバイトの時間だからと言って時計に目をやったあと、コーヒー代を置いて先に席を立った。

「……あいつ、いつも大変そうだな」

 見送る天馬のつぶやきを聞いた文弥と朋成もしんみりした表情になった。

「バンド活動なんかに誘っていいものかどうか、オレ、最初は迷ったんだけど」

「たしかに、練習時間は取られますけど、本人が楽しそうにしているんですから、それはそれで良かったんじゃないですか」

「そうや。いっぺんに四人も友達ができて嬉しい、って本人が言うとったやないか」

 二本目のタバコをくわえた文弥は「それでもまあ、いくら学費のいらん特待生いうたかて、オヤジさんがおらんとなると、何かと苦労が多いやろな」と恭介の身を慮った。

「お父さんは何で亡くなったんでしたっけ、病気か、それとも事故で?」

「オレも詳しくは知らねえんだ、訊けるはずもないしな。心臓が悪かった、って聞いたおぼえはあるけど、発作だったのかな」

 そう答えると、天馬は氷が溶けて味の薄くなったアイスコーヒーを一滴も残さずに飲み終えて息をついた。

 生きる意味、人生の辛さ……両親が揃い、これといった苦労もなく平和に暮らしているオレはやっぱり甘ったれかもしれない。

 窓の外はすっかり暗くなり、空気が湿り気を帯びている。今にも雨が降り出しそうな気配がしていた。

    ◆    ◆    ◆

 翌週、月曜日の朝、サジタリアスに衝撃が走った。

 登校してきた天馬を待ち受けていたのはなんと、噂の人物・氷川理で、B組の入り口脇に立っていた彼は天馬の姿を見ると、すかさず声をかけた。

「よう、並木。おまえのところの火室、今日からウチのベースやってもらうから」

(えっ……?)

 その瞬間、天馬は頭の中が真っ白になってしまった。

「なっ、何の話だよ?」

 氷川は呆れてチッと舌打ちした。

「鈍いヤツだな。だから、火室がウチのバンドに移るってさ」

「う、嘘だ、そんな作り話したって信用しねえぞ、ふざけるなっ!」

「すぐにバレる作り話をするヤツなんて、いるわけないだろ」

 拳を震わせる天馬を蔑むように「疑うのなら、本人に直接確かめたらどうだ」と氷川は高飛車に言い放った。

 そんな彼の身体を突き飛ばして走り抜けた天馬はC組の教室へと飛び込んだ。それから血走った目で丈の姿を探し、席に着いて授業の用意をしている彼の元へ近づくと、いきなりその胸ぐらをつかんだ。

「おいっ、いったいどういうつもりだ! オレたちを裏切る気かっ?」

 血相を変えて怒鳴る天馬を見て、いったい何事かと、C組の生徒たちの間にどよめきが起きた。

「てっ、天馬くん、どうしたんですか!」

 慌てて駆けつけたのは朋成、だが、制止しようとする彼の腕を振り払うと、天馬はさらに、丈に詰め寄った。

「氷川が御丁寧に教えにきてくれたぜ。火室は今日からサザンクロスのベースを担当する、だとさ。オレたちをバカにするのも程があるじゃねえか。そんな勝手な真似、させてたまるか!」

「まさか……」

 土曜日のスタジオにて、土門宗吾の話──

 

『火室さん、戻ってきて欲しいって誘われるかもしれませんよ』

 

 その恐れが現実になった、そうとわかると、朋成も顔色を変えた。

 当の丈は天馬の手を振りほどき、無言で支度を再開した。が、その表情がわずかに歪んだことに天馬は気づかなかった。

「何とか言ったらどうだ、丈っ!」

 そこへC組の担任が入ってきて天馬がいるのを見ると「こら、並木。おまえのクラスは隣だろう、さっさと戻れ」と注意したため、彼はしぶしぶその場を離れたが、この怒りが収まるはずもない。

 昼休み、今度こそ真相を聞き出してやろうと、再び天馬がC組へ行くと、朋成が「丈は早退しました」と告げて肩を落とした。

「早退って……あいつめ、オレたちの追求から逃げたな」

 少し遅れて来た文弥と恭介も不安げな顔を見合わせた。

「ワケがわからへん」

「どうすればいいんだろう」

 そこへ、バタバタと息せき切ってやって来たのは宗吾だった。

 彼は四人のメンバーが揃っているのを見てとると「大変なことになって……」と言いかけ、目で合図を送った。

 教室から離れた場所へと移動すると、大きく深呼吸をした宗吾は「じつは昨日」と話を切り出した。

 ──宗吾の説明によれば、日曜日の夜、従兄に電話をかけた彼が天馬たちとの会話を持ち出す前に、氷川の方から「火室丈を取り戻した、今日からあいつはウチのベーシストだ」と自慢されたのだという。

 土曜の練習後、あるいは日曜の日中に二人の間で話し合いが行なわれたらしいのだが、どうして丈がそれを承諾したかの説明はなく、追及しても、のらりくらりとはぐらかされるだけだったようだ。

「ベースもキーボードも渡さない、って伝えるはずだったのに、お役に立てなくてすいません」

 宗吾は恐縮し、この従兄から仕入れた情報について話を続けた。

「キーボードには二年A組の溝口真央という女の人を入れたようで、これで全員揃った、サザンクロスの船出だと大喜びしていました。ポーラスターの方はまだ人が見つからないらしくて、いい気味だ、ざまあみろって」

「で、オレのところにわざわざ御挨拶に来たわけか。畜生、自分のとこさえ良ければ、あとはどうでもいいってわけだな」

 地団駄を踏む天馬を皆が心配そうに見る。ベーシストを失ったサジタリアスはこのまま崩壊してしまうのだろうか……

 その時、ピンポンパンとチャイムが鳴り響いて、校内放送が始まった。

「……全校生徒にお知らせします。BBFに出場を希望している各バンドの代表者一名は今年度の大会の説明会を行ないますので、本日の放課後、視聴覚室に集まってください。繰り返します、BBFに……」

 ついにきた。昨年もたしか、この時期だったと記憶している。

 そこでは大会の詳細の発表に続いて、出場申し込みの用紙が配られるはずだ。参加しなければ始まらない。

「とりあえず、代表者としてオレが出るっきゃないよな」

 天馬が呻くように言葉を吐くと、朋成が「では、丈には私が連絡をとってみます」と申し出た。

「あいつ、ケータイ持っとらんからな。ほんま、コミュニケーション取りにくい、手間のかかるヤツやっちゃ」

「ええ。ですから、自宅へ直接電話します。そこで理由を訊いて、説得できるものなら、そうするつもりです」

「任せたで。ほな、ボクらは……」

 すると恭介が宗吾を見て「土門くん、今日、時間あるかな」と尋ねた。

「えっ? は、はい」

 突然の問いかけに戸惑った様子をみせながら宗吾が返事をすると、恭介はうなずき、こちらに向き直った。

「状況によっては彼に入ってもらおうと思う。みんな、いいね」

「そ、それって……」

 思わずそう尋ねると、恭介はチラッと天馬を見やったあと、冷静な口調で仲間たちを説得し始めた。

「もちろん、丈が思い直して、戻ってくれればそれに越したことはないけど、今の段階では何の確証もないだろ? 申し込みには全員の直筆の署名が必要だったはずだし、期限はたぶん今週中だ。何も手を打たないまま、あいつを待ち続けてもしょうがない。僕たちには時間がないんだ」

 恭介の言うとおりだった。丈本人の承諾なしに申し込みはできないし、だからといって出場をあきらめるわけにはいかない。

 ここであきらめたら、今までの練習はすべて無駄だったことになる。それだけはイヤだ、絶対にあきらめたくないというのは全員の一致した思いだった。

 だが、ベースを抜きにしての演奏にするわけにはいかず、こうなった以上は代わりのベーシストを用意するしか、彼らに残された手段はなかった。

 サジタリアスの音楽が好きで、ギターの心得も多少はあるという宗吾の存在はまさに打ってつけ。彼に敵対心を抱いていたらしい恭介が自ら提案したのだ、文弥や朋成が乗り気になったとしても当然である。

「でもさ、ギターしか練習してないんだろ。いきなりベースなんて弾けるのか?」

「原理はほとんど同じだし、何とかなるよ。で、これから特訓しようと思うんだ。スタジオと楽器を貸して欲しいから、文弥に……」

「オッケー。叔父さんにはボクから頼んどくし、練習にもつき合うから任せとき」

 今までよりも練習時間を増やし、出来る限り宗吾の面倒をみる、と恭介は言った。

 曲によってはスコアを手直しして、ベースで弾く音の一部をカットするか、ギターとキーボードでそれぞれカバーする。そうすることによって、初心者・宗吾の負担を少なくしていこうという案も出た。

「わかりました。原曲の雰囲気を損なわないように工夫してみますから、その辺は私に任せてください」

 さすが学年一の秀才は音楽の道にも長けている、朋成に任せておけば安心だと、恭介たちは口々に言った。

 ──今後の具体的な対策を検討し始めた仲間たちをぼんやりと眺めながら、天馬は丈のことを思い返していた。

 みんなはもう、彼の存在を忘れようとしている。こんな事態になった以上、それは仕方のない成り行きだけど……

(オレのせいなのか? あのときオレがおまえを拒否したから、それでイヤになっちまったのかよ)

 そんなことが原因で丈が離れていったとは思いたくないが、彼の今回の行動に対しては他に理由が考えられないし、氷川が詫びを入れて、戻ってきてくれと懇願したら、行き場を失くした丈がかつての仲間の誘いに乗ったとしても有り得ない話ではない。

 メンバー同士の仲が悪くなって分裂したり崩壊したり、といった例はいくつもある。いつぞや朋成がそう説明したが、まさか自分たちのバンドでそれが起きるなんて、しかも並木天馬自身のせいで……

(丈、いったい何がおまえをそうさせたんだ? 答えてくれよ、丈……)

                                ……⑥に続く