DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ パラレル小説 PRECIOUS HEART P-Ver. ❽

    第八章

 警察からの通報を受けて、生徒同士の、他校生を巻き込んでの乱闘騒ぎが知れると、学園は文字通り、蜂の巣をつついたような騒ぎになり、緊急の職員会議が開かれて職員一同が召集された。

 事の次第は瞬く間に学校中に知れ渡ったが、当事者の一人が入院中とあって、生徒たちや保護者への詳しい説明は後日改めて行なう、という結論に至り、会議の結果は曖昧な内容にとどまった。

 そして、それを伝えた各クラスの担任たちは「ゲームセンターなどには近寄らない、寄り道をしないように早く帰れ」などと口々に言い、生徒たちの早めの帰宅を促した。

 が、そんな状況にも関わらず、教師命令を無視する者は多々あって、二年B組では天馬の机を取り囲んで仲間たちが集合していた。

「……えらいことになってしもたな」

 腕組みをした文弥が彼らしくない、難しい顔をして呟いた。

「丈の容態はどんなん?」

「伯母の話によりますと、腕と指の傷をそれぞれ何針か縫って、頭部にも怪我が見られたので、その検査やら何やらで、二、三日の入院になるそうですが、たぶん何ともない、大丈夫だと。現職の看護師が言うことですから、間違いはないでしょう」

「怪我は大変やったけど、命に別条はなし、やな。そら良かったわ」

 朋成の報告を聞いて、宗吾がおずおずと口を開いた。

「ボクたち、お見舞いに行った方がいいんでしょうか?」

「総合病院か、あそこは……どうだろう」

 いくらか顔をしかめた恭介、彼はあまり気乗りではないようだ。

「場合が場合だから、もう少し様子をみた方がいいかもしれない。朋を通じて、伯母さんからの情報を得て、それからでも遅くはないと思うけど」

「せやな。いきなりボクらが押しかけても、あいつも応対に困るやろ」

 彼らが話し合っている間、天馬は両手で頬杖をついてぼんやりとしていた。

 殴る蹴るの暴行、挙げ句に切りつけられ、血を流す丈の姿が鮮明に蘇ると、天馬は怒りと悲しみに震えた。そんな衝撃の場面の記憶に、昨夜はひどくうなされた。

 その後、丈がどうなったか、気にはなっていたものの、見舞いに行こうとする勇気はなかった。彼に会うのが怖い、すっかり怖気づいてしまった天馬は朋成からもたらされる状況を聞くのが精一杯だった。

 自分の身に起きた出来事に引き続いて、この前まで仲間だった丈の事件を聞き、彼はダブルショック状態である。

 皆、そう解釈しているため、天馬を気遣って彼に話を振ることはない。さりげなく様子を伺いながら会話を続けていた。

「D組のワルに絡まれたんやったな。よりにもよって、相手があいつらとは丈も災難や。つるんでいた他校のヤツらは人を刺すことぐらい平気で、ひどくて手に負えん、っつう話やったし」

「あんな連中を今まで野放しにしていたなんて、学校側にも責任があると思うな。いつかはこんな事件を起こすって想像がついたわけだし、少なくともD組の二人に関しては手を打っておくべきだよ」

「たしかにそうですね。騒ぎが起きる前に、彼らの、他校生との関係について指導を徹底するか、場合によっては退学処分にするのが妥当でしょう」

 手厳しい言葉が飛び交い、それらを拝聴して宗吾がうんうんと頷く。

「こりゃもう絶対、退学になると思うで」

 文弥のセリフに同意する恭介たち、彼らをチラリと見た天馬の胸に、またしても不安が広がった。

 あの現場に居合わせたことを仲間には話していない。話せるはずもない、おぞましい光景と忌まわしい事実だった。

 丈は天馬をレイプしたのがD組の二人と知って、彼らに殴りかかったのだ。つまり、原因は自分にあるし、理由はともあれ、最初に手を出したのは丈の方からである。

 向こうから売ってきた喧嘩なら、彼は被害者で済むが、いくら傷を負わされたといっても、こちらから仕掛けたとわかれば、そうはいかない。喧嘩両成敗で、丈自身も退学にでもなったら……

 いや、普段の彼は成績優秀、真面目な生徒で通っているし、謹慎程度で済むと思いたいが、いずれ本当の理由が、事の真相が明るみに出たら、オレたちはどうなってしまうのか。それを思うといたたまれなかった。

「天馬、顔色が悪いで。家帰ってゆっくり寝たらどうや?」

「そうですよ、無理しないで」

「あ……うん。平気だから」

 強張った頬に弱々しい笑顔を貼り付ける天馬を八つの目が心配そうに見る。

 はあ、と大きく息をついた文弥がぽつりと漏らした。

「大会はどうなるんやろ……」

 こんな事件が起きてしまった以上、開催は危ぶまれるし、開催された場合でも、少なくとも事件当事者の丈は参加を認められないだろう。万が一認められたとしても、大会は二ヵ月後に迫っている。あの傷の状態では、今までどおりのレベルでベースを弾けるようになるのはとても無理だ。

(……それであいつ、「まだ右の指が残っている」なんて言ったんだ。左をやられた時点でもう弾けない、ってわかってたから)

 ヴォーカリストは喉が命なら、ベーシストは指が命。それを投げ捨ててまで復讐をしようとした丈の心情を思うと、天馬の胸は再び強烈な痛みに襲われた。

 そこへ、入り口の扉を乱暴に開けて入ってきたのは氷川だった。目は血走り、御自慢の長い髪は乱れまくっている。

 物凄い形相でこちらにやって来た彼が「並木、すべておまえのせいだっ!」と怒鳴り散らしたため、一瞬呆気に取られた人々はそれでもすぐさま反撃を開始した。

「いきなり何言うとんねん」

「いったいどういうつもりだ?」

「失礼な人ですね。天馬くんが何をしたって言うんですか」

 すると氷川はサジタリアスのメンバーたちをぐるりと見渡すと「おまえら何も知らないんだな」と言った。

「火室丈が怪我をしたのはそこにいる並木天馬に責任がある。そうだよな、並木」

 わけがわからずに顔を見合わせる仲間たち、天馬はギラリと目を光らせて、氷川を鋭く睨みつけた。

「理くん、ちゃんと説明してよ。火室さんは不良に刺されて怪我したんでしょう、それと天馬さんに何の関係が……」

「宗吾、おまえ、並木のファンが高じて、そっちのバンドに参加したんだったな。しかしだ、そいつには惚れた男がいるんだぜ。残念だったな、ご愁傷さま」

 氷川の言葉はその場に爆弾を投げつけたような衝撃となって響いた。

「惚れた男、って……」

 宗吾は呆然とした表情を天馬に向けた。

「そういうことだ。惚れた相手の復讐だの、恨みを晴らすだの何だの、ヤツはそのくだらない理由のために、商売道具の指を駄目にしやがった。あのクソッたれめ、これで代わりのベースが見つからなかったら、オレたちサザンクロスのBBF出場はパーだ」

 ──すべてが明るみに出た。

 当に覚悟は決まっている、天馬が何か言おうとしたその前に、文弥が氷川の胸ぐらをつかんだ。

「だから何なんや?」

 凄む文弥を間近にして、高飛車だった氷川の様子が強気から怯えに変わった。

「水谷、貴様……」

「くだらない理由やと? よう言うてくれたわ。惚れた相手のために戦って何が悪いんや、丈は男の中の男や」

「そうだ。そのためなら怪我なんて怖くない、あいつはそう思ったんだ」

 それを聞いて、氷川は二人に蔑むような視線を向けた。

「こいつら、揃いも揃ってバカだな。金子、えらくキレイ事を言ってるけど、おまえは並木と火室の関係を認めるつもりか、あいつに取られてもかまわないのか?」

「ああ……悔しいけど、僕にはそこまでできなかったと思うから」

 恭介はいくらか寂しげに答えた。

「そして、これまでの事件における黒幕は氷川くん、あなただったというわけですね。なるほど、やっと納得がいきました。あの丈に有無を言わさず引き込むなんて、大した手腕ですよ。相当汚い真似をしたんでしょうね、どんな手段を使ったのか、具体的に聞かせてもらいましょうか」

 メガネを持ち上げ、朋成は冷静な声音でそう言ったが、氷川は顔色を変えながらも取り合おうとはせず、無視を決め込んでいる。

 仲間たちの声援を受け、立ち上がった天馬はついにその黒幕と対峙した。

「おまえにとって大切なものって何だよ? BBFに出場する、それだけなのか? 指を駄目にしたとか、代わりのベースとか言いやがって、丈を心配してやる気持ちはこれっぽっちもないのか、どうなんだっ!」

 天馬の言葉を聞いて、氷川は烈火のごとく怒り出した。

「だっ、黙れっ! おまえら、このままで済むと思ったら大間違いだからな、おぼえていろ!」

 捨てゼリフを吐いた氷川が走り去ると、緊張の糸が切れて、全員が元の椅子へどっかと座り込んだ。

「なんてヤツだ……」

 氷川への非難を我が事のように受け止めて、宗吾は申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんなさい」

「宗吾くんが謝らなくてもいいんですよ」

「いえ、その……理くん、そんなに悪い人じゃないはずなんですけど……どうしてこんなことになっちゃったのかな、って」

「そうやな。ずっとギターを教えてくれとったんやろ、なんでまた、あんな悪党になってしもたんかいな」

「卑怯な手段でライバルを陥れる。そうまでしてBBFで優勝したかったのかな、理解できないね」

 ずっしりと重い沈黙が漂う。

 ふと、時計を見た文弥は「はよ行かんと、終わってしまうで」と天馬に声をかけた。

「えっ、何が?」

「病院や病院。一般人の面会時間終了になる前に、丈のところへ行ってやりぃな」

 ハッとして、それから戸惑う天馬を仲間たちは温かいまなざしで見つめた。

「そうですよ。総合病院の場所はわかりますよね? 地図を描きましょうか」

「いずれお見舞いに伺いますから、よろしくとお伝えください」

「朋……宗吾……」

 頷いた天馬はそれから恭介を見た。彼は何も言わずに天馬の肩をポンと叩いて促した。

「みんな、ありがとう」

    ◆    ◆    ◆

 教室を出る天馬の後姿を見送りながら、文弥は「ボクの勘もなかなかエエ線いっとったな」と自慢気に言った。

「勘って、前にちょっと話をした、天馬くんに好きな人ができたらしいっていう、アレですか?」

 天馬の知らないところで噂を聞かされていた朋成はにこやかに尋ねた。

「そや。ウチのクラスの女の子か、って訊いたら、あいつ、ちゃう、って否定したんやけどな」

「それは惜しかった。隣のクラスの男の子でしたね」

    ◆    ◆    ◆

 みんなに見送られ、勢いをつけて出てきたはいいが、いざ歩き始めると胸がドキドキしてきた。

 ついさっきまで、彼に会うのが怖いと思っていたのだ、いったいどんな顔をすればいいのだろう。

(ええい、そんなの気にしたってしょうがない。暗い顔を見せるわけにはいかないから、「よっ、怪我はどうだい」とか言って、明るく挨拶すればいいじゃないか)

(いやいや、そいつはさすがに顰蹙だ。ここは神妙な顔をして「丈、オレのためにありがとう」って……ダメだ、ダメだ。不自然だとか言って、バカにされるのがオチだ。あー、困った、どうすりゃいいんだよ)

 駅前のターミナルから発車しているバスに乗り、揺られること十五分。この辺りでは一番規模の大きい総合病院前に到着すると、天馬は最近建て替えられたという、その七階建ての建物を見上げた。

 ここを訪れるのは初めてである。焦げ茶色の壁には大きな窓が並び、どの部屋からも明るい灯りが漏れている。自動ドアの前に立つとスッと扉が左右に開き、病院独特の臭いが鼻をついた。

 さすがにこの前の、丈がボランティアをやっている病院とは大きさが違う、違いすぎる。キョロキョロしながらロビーを進んで、受付の前まで行くと、そこにいた職員の女性に丈の名前を告げて、見舞いに来たのだが、と続けた。

「火室丈さん、ですね……昨日入院された方かしら、五階の、五〇七号室です」

「どうもありがとうございます」

 エレベーターに乗って五階へ移動し、廊下を突き進んで五〇七号室を探す。

 そこは四人で使う大部屋だった。クリーム色の扉に『五〇七』の文字が書かれた部屋の、入り口脇にある四人分のネームプレート、そこに火室丈の名前を見つけたとたんに鼓動が早くなって、天馬は心臓の辺りを押さえた。

(ヤベッ、マジですっげぇ緊張してきた)

 もうすぐ面会時間が終わってしまう、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。意を決した天馬はそろそろと中を覗いた。

 が、丈が使っているはずのベッドの上に彼の姿はなかった。拍子抜けした天馬は周りを見回した。

(トイレにでも行ってるのかな)

 すると、さっきから天馬の様子を見ていた隣のベッドの中年男性が声をかけてきた。

「そこのニイちゃんなら、ついさっきMRIの検査に行ったよ。今日は混んでたからね、やっと順番がまわってきたらしいんだ」

「えっ、検査ですか? それってすぐに終わりますか」

「さあ、下に行ってからけっこう待たされるからなぁ。そんなに早くは帰ってこられないだろうな」

「マイッたな……」

 期待がはずれてがっかりした気持ちと、どこかホッとした気持ち、二つの矛盾した気持ちにさいなまれながら、天馬はそこに置かれたパイプ椅子に座ってしばらくの間、丈を待ったが、彼が戻ってくる気配はなかった。

 面会の終了時刻を告げる放送が流れたのを機に、諦めをつけて立ち上がると、さっきの男性が再び話しかけてきた。

「同級生なんだろ、名前だけでも伝えておくけど」

 制服姿からそうと察したのだろうが、

「い、いえ、もういいんです。気を遣っていただいて申し訳ありません、失礼します」

 その場を辞去して廊下に出ると、天馬は肩で息をついた。

(せっかくここまで来たのに……まあ、しょうがねえか)

 検査が行なわれている場所を訊いてくればよかった、廊下で会えるかもしれないのに、と後悔したが、そこまで押しかけるのも変だし、今日はおとなしく帰ろうと、天馬はさっきの経路を逆にたどり始めた。

 エレベーターの扉が開くと、上の階から乗っていた看護師二人組がひそひそと噂話の真っ最中だったが、ずっと丈のことを考えていた天馬の耳には届いていなかった。

「……で、昨夜、その患者さんがいきなり発作起こしたのよ。一昨年と同じじゃない、って、思い出してゾッとしたわ」

(検査か……本当に頭の中は大丈夫なのかな、見えないところはわかんねえもんな)

「おぼえてるわ、そんなことがあったわね。でも、あのときは今回と違って、それが原因なのかどうか、証拠があったわけじゃないでしょ」

(バスに乗るのは面倒だけど、明日、もう一度来て、結果を訊いてみよう)

「もちろん、はっきりした証拠はないけど、同じ部屋で何人もの人が聞いていたから、噂になったのよ」

(あっ、練習の予定、どうなってたっけ。サボりっぱなしだったから……文弥に電話するしかねえな)

 エレベーターが一階に到着して、天馬が先に降りたあとも、二人はおしゃべりを続けながら、事務室へと入って行った。

 とにかく、明日だ。

 今度は駅へと向かう最終バスが乗車を促している。

 天馬はそちらへと全速力で走り出した。

                               ……⑨へ続く