DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ パラレル小説 PRECIOUS HEART P-Ver. ❾ ※18禁

    第九章

 翌朝一番に朋成からもたらされた報告は天馬を唖然とさせた。

「……今日退院するって?」

「ええ。今朝早くに伯母から連絡がありました。検査の結果はまったく問題なしで、病院側としても早くベッドを空けて欲しいみたいで。あそこは入院を待っている患者がたくさんいますからね」

「さっさと出て行けってわけか。薄情だな」

「ですから今日、学校が終わったあと、天馬くんが自宅の方へ伺います、と伝えておきました」

「なっ、なんだってぇ?」

 呆気に取られる天馬に、朋成は平然と言ってのけた。

「昨日はけっきょく、丈には会えなかったんでしょう?」

「えっ、ま、まあ……何で知ってるんだよ」

「同じ部屋の人が『制服着た子がお見舞いに来たよ』と教えてくれたそうで。名前を告げずに帰ったけど、それが誰なのかわかるかと訊かれました」

 丈の母は天馬が帰ったあとに病室を訪れたらしく、せっかく来てくれたのに、と申し訳なさそうにしているのを聞いた朋成は独断でそうと決めたらしい。

「気を利かせたんだから、感謝して欲しいですね。はい、これが自宅までの地図です、たしかにお渡ししましたよ」

 ──そんな経緯があって、今、天馬は丈の自宅・火室家へと向かっている。

「次の道を右に曲がるとコンビニが……あ、あった、あれだ。そしたら今度は左、か」

 朋成作の地図を頼りに、二階建ての家屋の前にたどり着いた天馬は『火室』と表札に書かれた門の前で大きく深呼吸した。

「えっと……こんにちは、並木天馬と申します、このたびは、って、何て続けりゃいいんだ、ご愁傷様はマズイし、ご苦労様でもないし、お疲れも変だし」

 こういう場合は何と挨拶したらいいのかわからずにぶつぶつ呟いていると、いきなり目の前の門が開いた。

「……ぅわっ」

「何を突っ立っている、早く入れ」

 相変わらず無表情な丈がそこにいた。今日は黒っぽい開襟シャツを着ていて、こいつは黒い服しか持っていないのかと訝りたくなる。右腕の半袖の下から白い包帯がのぞき、左手の先にもそれを巻いているのが痛々しい。

「う、うん」

 頷いた天馬は玄関のドアをくぐってから尋ねた。

「一人? お母さんは?」

「仕事だ。俺が行けと言った」

 素っ気なく答えた丈がスリッパを揃えて差し出す。

「昨日も休むとぬかしたが、この程度の怪我でそんな必要はない、人手が足りないから手伝えと命令したくせに、矛盾したことをするなと言ったら怒っていた」

 そりゃそうだろう、母親なら当然の心理だと天馬は思ったが黙っていた。

 どこまでも偏屈でひねくれたヤツだ、そんな男に惚れたオレって……

「こっちだ」

 先に立って廊下を進む丈のあとに続きながら、天馬はキョロキョロと辺りを見回した。

 家族全員が多忙な割にはきちんと片づいているが、どの部屋もシンプルすぎて、かえって味気ない感じがする。

 丈の部屋は二階の奥にあった。八畳ほどの室内の床はフローリングで、必要最低限の物しか置かれていない、これまた簡素な部屋である。

 ベースの入った、いつものソフトケースを立て掛けた壁際に置かれた戸棚、そこに並ぶCDのタイトルを眺めて、天馬は感心したような声で言った。

「ジミヘンにストーンズに……ふーん、おまえらしいラインアップだな」

 机の上には菓子鉢とインスタントコーヒーの入った瓶などが一式用意してあり──自ら来客をもてなせない母が準備したのだろうが──丈はポットの湯をカップに注ぎ、スプーンでかき回し始めたが、すべての作業を右手だけで行なっているせいか、どこかぎこちなく見えた。

「あ、これ、サイコの新しいやつだ。この前小遣い足りなくて買えなかったんだ」

「貸してやるから持って行け」

「いいの? サンキュー。ダビングしたら返すからさ。カードもコピーしよっと」

「慌てなくても、返すのはいつでもいい」

 まるで何事もなかったかのように、高校生が友達同士で交わす普通の会話。お互いに切り出すのを避けているのだ、そこに触れてしまったら、そのあとはどうなっていくのか、わからないのが怖くて……

 コーヒーを飲む、無言の時間が続く。

 黙っていることにとうとう耐えられなくなった天馬から口火を切った。

「……傷、まだ痛い?」

「動かさなければ平気だ」

「治るまでに時間がかかるのかな、右はともかく、左手は、その」

「九月には間に合わんだろうな」

「そう……ゴメン」

「おまえが謝る必要はない」

 丈は優しい、それでいてどこか寂しげな目で天馬を見つめた。

「こんなことにおまえを巻き込んでしまった、すべての責任は俺にある。本当に済まなかった」

「そんな……そっちこそ謝らなくたっていいよ」

 カップの中身に視線を落として、天馬は呟いた。

「ホントのこと言うとさ、オレ、あの日、あそこにいたんだ。すぐ傍のゲーセンに」

 丈は何も言わずに、二杯目のコーヒーを淹れにかかった。

「怖くて何もできなかった。自分がすっげー情けなくて、卑怯者に思えて辛かった」

「見舞いに来てくれた、その気持ちだけでいい……嬉しかった」

「丈……」

 ──いつしか二人の距離は近づいていた。見つめ合い、唇が触れ合う。心がとろける三度目のキス。

 だが、サッと身体を引いた天馬は「ダメだ」と言い放った。

「だっておまえ、やっぱり氷川が好きだったんだろ? それであいつのところに戻ったんだろ、なのに何でオレと……」

「そんな言葉をいつまでも真に受けていたのか。おめでたいヤツだ」

「ンだと、てめっ」

 せっかくのいいムードを自分からぶち壊して吠えまくる天馬に、丈はあくまでも冷静に、諭すように言った。

「たしかに、あいつとは中学時代につき合っていた。それは否定しない」

 子供の頃から人づき合いが苦手で、友人と呼べる者がいなかった孤独な男にとって、彼を見初め、馴れ馴れしく話しかけてきた氷川はようやく現われた救世主に見えたのかもしれない。

 氷川を友として、やがて愛情を注ぐ相手として扱うようになってきたとしても、丈を責めることはできないだろう。天馬はこれと同じような経緯で関わった男を知っている。

 彼もそうだった。友として、いつしか恋愛の対象として、自分を見つめていた男……昨日、涙を溜めた瞳で送り出してくれた、その顔が焼きついて離れずに、心が痛む。

 同じ高校に進学すると約束したそのあとに、氷川の気持ちが中野に移り……といった話は氷川の語った通りで、丈自身はもう二度とバンド活動などしない、ベースも弾かないと思っていた矢先に、朋成がサジタリアスへの参加を打診してきた。

 当然断る、そのつもりだったが、そこで彼は天馬と出会ってしまったのだ。

「一目惚れなんて、俺にはあり得ないと思っていたのにな」

 そう言って照れ笑いをする、こんな丈を見るのは初めてだ。くすぐったくて、恥ずかしくてドキドキしてしまう。

「おまえと一緒に居られるなら、それだけでいいと思っていた。おまえは普通の男だ、自分の気持ちはずっと隠し通すつもりだった」

 ところが、ハングリアが分裂、というよりは中野との仲がおかしくなってすぐさま、氷川は丈にヨリを戻そうと誘ってきた。

 

『おまえ、あの並木ってヤツに気があるから戻るのを渋ってるんだろうが、あいつはノンケなんだぜ。コクッたって撃沈、悲惨な結果は目に見えてるじゃないか』

 

 そんなふうに言われると焦ってしまう。思い余った丈が天馬への言いがかりついでに、はずみで告白したのが帰り道の公園での出来事だった。

「少しは脈があるのかと期待してしまった。だが……」

 宗吾の出現、それよりも丈は天馬が恭介を意識している、ライバルは恭介なのではと気づいてショックを受けたらしい。

 文弥の指摘によって、そうとわかった天馬がたまたま、だったのだが、気持ちが不安定でいる時は何でも悪い方向に受け止めてしまうものだ。

 それでも丈は天馬をあきらめきれず、もちろん氷川の誘いは断り続けていたのだが、そこで彼は最終警告を突きつけてきた。

 

『……バラされたくなかったら、おとなしくオレのところに戻って、サザンクロスのベーシストとして参加するのが身のためってもんさ。おまえ一人の犠牲で、みんなが救われるんだから、あとから感謝されるって』

 

「バラされたくなかったら、って、何のことだよ? オレとおまえと、恭介の関係か?」

「それだけじゃない。俺は自分が何と言われようとかまわないが、仲間の古傷をえぐったり、プライバシーを暴露されたりするのは耐えられないと思ったから、ヤツの要求を飲んで、向こうへの参加を承諾した」

 理由を訊かれても絶対に答えるなと釘を刺されて、彼はどんなに責められても言い訳をせずに我慢を貫いてきた。

 だが、いくらその身を拘束しても、丈の心は天馬にある。苛立ち、焦った氷川がついに取った手段は──

 あの日の恐怖に、天馬は再び震え始め、それを見た丈は彼をそっと抱きしめた。

「こんな思いをさせるくらいなら……ずっと傍にいればよかった。許してくれとは言わない、すべて俺が悪い」

 丈の胸に顔を埋めると、天馬は激しく首を振った。

「おまえは悪くないよ、信じなかったオレへの罰だ。オレがおまえの……」

 天馬の言葉は丈の唇によって途切れた。

「おまえが欲しい……」

 二人の想いはもう止められない、行き着くところまで行くしかない。

 舌を絡めながらシャツのボタンをはずそうとするが、やはり片手では上手くいかず、天馬は自ら服を脱ぎ始めた。

「いい、そっちもオレがやるから」

 互いの着ていたものをすべて剥ぎ取ると、丈の昂ぶりが目に飛び込んできて、天馬は顔を赤らめた。

「やっぱり……恥ずかしいな」

「怖気づいたのか?」

「ちっ、違うよ」

「今さら拒否しても遅い」

「そうじゃないって」

 二人はそのまま丈が使うベッドの上へとなだれ込んだ。天馬の上に覆い被さるようにした丈は再びキスをすると、その唇と舌を肌へと這わせ、温かく湿った感触に、天馬は溜め息を洩らした。

「あ……んん」

 突起を口に含まれ、舌の先で先端が刺激されると快感のあまり、天馬は激しく身をよじった。

「あっ、あっ、感じる」

 大袈裟なまでの反応に味をしめたのか、丈は天馬のそこを執拗に愛撫し続けた。

「はあ、ああっ、イクッ」

「下にはまだ触っていないぞ」

「だってぇ……」

 ふぬけた声しか出ない自分が情けなくなってしまう。

 天馬の感度の良さは格別だった。一度も経験がないのに、男を虜にする男、そう思われてしまったのも無理はない。

 丈の右手が少し触れただけで果ててしまい、おろおろしながらそこをティッシュで拭こうとすると、

「俺がやる」

 丈が代わりに拭き、終わったかみたかに再び扱き始めた。

「な、何だよ、また刺激したらイッちゃ……あっ、ああ、ほら勃っちゃった」

「何度でも好きなだけイケばいい」

「ずるいぞ、オレばっかりこんな格好」

「じゃあ、いいのか?」

「えっ?」

「俺が入っても……いいのかと訊いている」

 ハッとして天馬は丈の顔を見た。真剣な、そしていくらか悲痛な表情でこちらを伺っている。

 丈は自分を気遣っているのだ。二人の男に無理やり犯された、悲惨な初体験をした相手に対して、忌まわしい思いが甦るような行為を強いていいものかどうか、この後に及んでも迷っているに違いない。

「……いいよ」

「本当に……」

「オレ、あのとき思ったんだ。あんなヤツらに犯られるくらいなら、どうしてもっと前におまえと、って」

「そうか……わかった」

 丈は天馬の髪を愛おしそうに撫でた。

「穢れた過去は忘れてしまえ。おまえの初めての男は俺だ。あとにも先にも俺だけだ、いいな」

 強い口調で言い聞かせると、丈は天馬のそこに触れてきた。

 ぬるりとした感触が頑なになった部分をゆっくりとほぐしてゆく。指が中に入ると、天馬は甘い吐息を洩らした。

 この行為がこんなにも感じるものだったなんて……あまりの快感に言葉は失われ、喘ぎ声が恥ずかしいほどに口をついて出る。

 暴力によって快楽が得られるはずはないとわかってはいるが、天国と地獄の差はあまりにも大きい。

 クールな表情とは裏腹の、丈の熱いものが入ってくると、天馬はその背中にしがみついて、叫び声を上げた。

「丈、ああっ、丈」

 与えられる快感に震え、激しさに身を焦がしながら、天馬は何度も名前を呼び、その人が誰であるのかを確かめようとした。

 今、触れ合っているのは火室丈だ。

 同じバンドの仲間として一年間、オレを見つめ続けていた人だ。

 オレが傷つけられた怒りから、破滅すら厭わなかった人だ。

 そして、オレ自身も全身全霊で愛したいと願う人……

 ほとばしる汗も、熱く火照る肌も、吐息すらも、すべてが愛おしい。

「もっと、もっと欲しい!」

天馬は狂ったように丈を求め続け、丈もひたすら天馬を抱き、すべて尽き果てるまで、その身体を離さなかった。

 甘美なひと時に終幕が訪れて、ぐったりと横たわる天馬の肩を不自由な左の手でぎこちなく抱き寄せると、丈は右手でその頬を撫でて「大丈夫か」と訊いた。

「平気。少し疲れただけ」

 目元にうっすらと浮かぶ涙が気になったらしい、「痛みはないか?」と重ねて訊く。

「痛くはないよ、嬉しくて、ちょっと」

 身体を丈に預け、甘えるような仕草で答えると、天馬は自分の方からキスをした。

 何も言わず、肩を抱く手に力がこもる。

 初めての人は好きな人でありたい── その願いが満たされた。

                               ……⑩に続く