DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ パラレル小説 PRECIOUS HEART P-Ver. ❿(最終章)

    第十章

 九月二十一日金曜日、文化祭二日目。

 お祭り騒ぎに拍車をかけるのはもちろん、この日の午後に予定されているBBFである。

 一時は開催を危ぶまれたが、生徒たちの熱意と、騒動に関与した者に対する処分のみで決着しようという、教師たちの判断によって無事行なわれる運びとなった。

 夏休みの間に行なわれたデモテープによる一次審査の結果、そこを通過した八組のバンドが二次の舞台に上がる。

 残った八組の中にサジタリアスの名は──あった。当然だ、と小柄なリーダーが胸を張り、ボクのお蔭やと吹聴するドラマーもいれば、水谷スタジオの録音機材が良かったんですよ、と冷静なコメントを述べる陰のリーダーもいる。

 ライバルを陥れるため、不良の同級生を使って、その相手に『リンチ』を──殴る蹴るの暴力を振るったらしいというだけで、それ以上の内容は伏せられている──けしかけた者と、独断で仕返しをした者についての処分は三日間の自宅謹慎となった。

 どちらも今まで問題のない、真面目な生徒だったという理由に加えて、被害を受けた生徒から、厳罰は望まないという申し出もあってその程度で済んだわけだが、処分者を二人も出したサザンクロスは当然ながら、大会への参加を取り消された。

 ポーラスターは予選落ちで、八組の半分、四組が三年生で構成されているバンドという結果を睨んで、文弥が激を飛ばした。

「二年一年はどうってことあれへん。敵は三年や、三年。気ぃ引き締めていかなあかん」

 控え室のひとつとしてあてがわれた視聴覚室では、様々な格好をした人々が仲間同士で集まり、準備に余念がなかった。

 ただのTシャツにジーンズという、普段着感覚がイマドキ路線なのだと主張するグループもあれば、ここは同人誌即売会場かと思われるような、奇抜な衣装のコスプレ集団あり、どぎつい化粧と金髪、黒革ギンギラのメタル軍団ありで、演奏会というよりは仮装大会である。

 そんな人々の中にあって、サジタリアスの面々がこの日のために用意した衣装は色違いのワイシャツに黒い細身のネクタイと、同色の、これまた細身のパンツという、かつて一世を風靡したロックグループが好んで着用した服装だった。

 シンプルだが、青、ショッキングピンク、白、橙に緑と、各自のシャツの色にインパクトがあるのと、丈と交代して宗吾を加えた『新・ビジュアル系四人組』という容姿も手伝って──それを言ってしまうと朋成の立場はないが──舞台上での見栄えはいいと断言できる。

 準備を進めていると、バタバタと走り寄ってきたのは津田教諭で、大きなバスケットを提げていた彼女はそこから自前の化粧品をごっそりと取り出した。

「青いシャツがお似合いの並木くん、メイクよ、メイク」

「えっ、化粧なんかするんですか?」

「当たり前でしょ、晴れ舞台なんだから。特殊メイクのグループだっていっぱいいるのよ、見た目も負けないようにしないと。ほら、顔洗ってきて。あとの四人もね」

 手際良く天馬の肌にファンデーションを塗る美月に戸惑いながら「でも先生、オレたちのところだけ手伝ってる、贔屓だって言われちゃいませんか?」と訊くと、

「いいのよ、今の時間はただの応援団なんだから」

 そう答えた美月は瞬く間にメンバー全員への化粧を済ませると「それじゃあ頑張ってね、審査員席でこっそり応援してるから」と言い残して、嵐のごとく立ち去った。

「マイッたなぁ」

 いつもより派手に立ち上げ、そこにスプレーで金色のメッシュを入れた髪を──大会限定のヘアスタイルだ──気にしながら頭を掻く天馬を見やって文弥がニヤリと笑った。

「美しさにますます磨きがかかったで、天馬。客席で観とる誰かさんがまたまた惚れ直すやろな。『天馬 マイ ラブ』や」

 そういう文弥の髪もかなり派手で、メッシュどころではなく、銀色に光り輝いている。さすが、気合の入り方が半端ではない。

「おまえの方はファンの女の子倍増、なんて狙ってるんじゃねえの」

「もう浮気はやめたんや」

「へえ、殊勝な心がけだな。どういう心境の変化だよ?」

「そら、おまえと丈の純愛に感化されたからや。『天馬 マイ ラ~ブ❤』ってな」

「よくもまあ、そういう恥ずかしいセリフが何度も言えるよな」

 残りの三人が苦笑しながら、それぞれの楽器や譜面の最終チェックをする。しばしの時を経て天馬への気持ちは吹っ切れたのか、恭介は晴れ晴れとした顔をしていた。

 やがて出場者は舞台に集まるようにとの連絡があり、しばらくして開催宣言が始まった。「……それではただ今より『第七回バンド・バトル・フェスティバル』を開催します。最初に本大会実行委員長の挨拶です」

 美月の他に何名かの教諭と、学園のOBにしてプロデビューしたミュージシャンなど、審査員の紹介に続いて、出場バンド名とメンバー名が読み上げられ、大会のルールが説明された。

 二次審査は八組が順に、曲によっては適当にカットして、制限時間内で演奏、そこから四組に絞られる。三次も同じ要領で四組が二組に、残った二組で決勝というわけだ。

 オリジナル曲はどこで演奏してもいいことになっているが、必ず発表しなくてはならない。発表しないまま落選すると、それがペナルティとなり、優勝から八位までを決定する総合評価でマイナス点とされてしまうから、これはある意味で賭け、それぞれのバンドの作戦となる。

「どうする? 半分ぐらいの連中が二次でオリジナルをやるらしいけど」

 恭介の問いに、天馬はぶんぶんと首を横に振った。

「みんなには、特に曲をつけてくれた朋には申し訳ないけど、はっきり言って、あれはまったく自信ナシ。やっぱオレが歌詞書くんじゃなかった、あんなの恥ずかしくて、とても歌えねぇ~」

 乙女のように顔を覆う天馬に、朋成が呆れ返った表情をした。

「やれやれ。では、決勝まで残る心積もりで最後に取っておきましょう」

「ホント? それでいいの?」

「優勝できへんのやったら、二位も八位も一緒、それでええやん」

「おまえら、友達甲斐のあるヤツらだなぁ、オレはいい仲間を持って幸せだ」

 こうしてサジタリアスは二次審査にはコピー曲で臨む手段を取った。

 衣装に合わせて選んだのは健二叔父お気に入りの、あの時代のイギリスのロック。他のバンドが今若者に流行りの曲のコピーや、それを真似たオリジナル、ヘヴィなサウンドを奏でる中にあって、親しみやすくノリのいいメロディや、シンプルな伴奏は却って新鮮に感じられる。

 シンプルな分、演奏者の高い技術が要求されるが、四人はそれを見事に演奏し、加えて英語の歌詞に強い天馬のヴォーカル、彼を支える恭介と文弥のコーラスは大きな拍手によって讃えられた。

「うわー、アガッちゃった。まだドキドキしてます」

 上気した顔の宗吾が興奮した口調で話すのを皆で微笑ましく見つめる。

「これが初舞台やからな」

「初めて大会で演奏したにしては、とてもいい出来でしたよ」

「本当ですか? よかった、ボクが足を引っ張ったらどうしようかと心配だったから」

「宗吾はよくやってくれたよ」

「火室さんの代わり、ちゃんと務まったかな。ね、天馬さん?」

「ああ。あいつ、この会場のどこかで、安心して聴いてると思うぜ、きっと」

 そう言って天馬は舞台の袖から客席に目をやると、謹慎を食らった身という遠慮からか、恐らく一番遠くの場所に座っているであろう姿を探した。

(おまえと一緒に、この舞台に立てなかったのは残念だけど、見ていてくれ、丈。オレたちは必ず勝ってみせる!)

「……お待たせしました。それでは二次審査通過のバンドを発表します」

 大会本部によって、四組のバンド名が読み上げられる。

「エントリーナンバー二番、あっぷ・ろーど。続いて五番、葉羅葉羅弩奇弩奇。七番、サジタリアス。八番、BEAT☆KIDS。以上です」

「やったぁー!」という大きな歓声が舞台から、そして客席からも同時に上がる。天馬たち五人も手に手を取って、互いに喜びを分かち合った。

 十分の休憩を挟んで、三次審査開始。サジタリアスはコピー曲の中でも得意中の得意、サイコ・キ・ネシスのヒットナンバーを披露し、テンポの良い音楽と共に、本家のヴォーカル、ダイキにそっくりな伸びのある歌声が高く評価されて、ついに決勝へと駒を進める運びになった。

「うわー、どうしよう? マジで決勝まできちゃったよ、信じられねえ」

 上擦った声でまくし立てる天馬に、朋成の冷静なコメントが浴びせられた。

「決勝用の曲、後回しにした結果のオリジナルですけど」

「あっ、そうだっけ。やべぇ……」

 頬を引きつらせる天馬を見て、文弥はあっけらかんと「ここまできたら、アレやるしかないやん」と言った。

「大丈夫、天馬さんの愛が溢れた、とってもいい曲ですよ」

「そうだよ。天馬の歌声と僕たちの演奏で、最後の仕上げをしよう」

 力強い仲間たちの励ましに、天馬は「うん」と頷いた。

「それではこれより決勝審査に入ります。まずはあっぷ・ろーどの皆さんで、曲名は……」

 三年生のみで結成されたあっぷ・ろーどは昨年三位に入賞した実力派であり、オリジナル曲のレベルも高く、その演奏で三次審査を堂々と突破していた。

 決勝はコピー曲で臨む彼らに対して、サジタリアスは天馬と朋成合作の、まったく自信のないオリジナル曲。果たして対抗できるのかどうか、ついつい不安にかられてしまう天馬だが、丈のためにも頑張らねばと、何とか自分を奮い立たせた。

 会場からの、割れるような拍手を浴びながら、あっぷ・ろーどのメンバーが退場してきた。いよいよ最後の出番だ。

「続いてサジタリアスの皆さんです。曲名は『PRECIOUS HEART』、メンバーによるオリジナル曲です」

 ドラムを前にして座った文弥がフロアタムとスネアの位置を合わせている。

 めいめいにギター、ベースを抱えた恭介と宗吾はそれをアンプに繋いで、最終調整をしている。

 用意されたステージピアノのスイッチを瞬く間にセットし、朋成はゆったりと待ち構えている。

 そして天馬は──

 マイクを強く握りしめて、彼は遠くを見つめた。

(オレはおまえを想って、この詞を書いた。歌に気持ちを込める、それがどういうことなのか、教えてくれたのはおまえだった)

 眩いばかりのスポットライトが当たり、天馬はわずかに目を細めた。

(丈へ。オレのすべての想いを込めて……)

「……ちょっと待った!」

 演奏開始前の静けさの中で突然、大声が響き渡った。

 何事かと、会場中の視線を集めたのは舞台脇、司会者の位置に乗り込んできた氷川の姿だった。静けさがざわめきへと変わる。

 司会者のマイクを強引に奪った氷川はおもむろに「その前に、皆さんにお聞かせしたいことがあります」と言ってのけた。

「私こと、二年D組・氷川理のバンド、サザンクロスは今回の大会において出場資格を剥奪されましたが、私に出場する資格がないというのなら、そこにいるサジタリアスのメンバーにも資格のない者がいます」

 ざわめきはどよめきへ、氷川の発言は大きな波紋となって、場内に広がった。

「いったい何の話だ?」

「おい、いい加減なこと言うなよ!」

 野次、罵倒、さまざまな罵詈雑言が飛び交うが、氷川は平然として言葉を続けた。

「まずは私の話を聞いてください。その上で果たして彼らに、この決勝審査という晴れ舞台に上がる資格があるのかどうか、皆さんに判断してもらいましょう。トップバッターはそうですね、ギター担当の金子恭介君からいきましょうか」

 いきなり名指しされて、恭介の顔がサッと青ざめた。

「金子君は我々二年生の中でも特別な存在、特待生という身分ですが、それは成績優秀に加えて母子家庭という、経済的に厳しい環境にあるからです。母ひとり子ひとり、普通ならば同情されるべきでしょうが、どうして彼がそうなってしまったのか」

 そこで一息ついた氷川は恭介を嘲るように見た。

「彼は自分の父親を殺したのです」

 その瞬間、どよめいていた会場がしんと静まり返った。

「……殺した、だって?」

「何なんだよ、それ」

 自分の発言が思った以上に効果的だったことを確認して、氷川は満足気に笑った。

「私の調査によると、二年前、金子君の父親は心臓を悪くして総合病院に入院していました。当時中学生だった彼がその父を見舞ったときに何かのはずみで口論となり、興奮して発作を起こした父親はそのまま帰らぬ人となった。衝撃的な出来事として、その病院の看護師の間では今でも語り草になっています」

 静まり返った会場が再びざわつき始めた。

「彼は直接手を下したわけではありません。が、心臓が悪くて入院している人に喧嘩を吹っ掛けるという行為は殺人に近いのではないでしょうか。それも子供が親を、ですよ。これをどう思われますか」

 みんなの注視を受けて、意を決したかのように恭介はコーラス用のマイクを手にした。

「……僕の父が口論のあと、発作を起こして亡くなったのは事実です。でも、殺そうと思って喧嘩をしたわけじゃない。父は身体が弱いわりに横暴な人で、いつも母に暴力を振るっていました。あのときも……」

 辛い過去を思い出したのか、涙を堪えながら恭介はその思いを吐露した。

「母に暴言を吐いたんです。つきっきりで一生懸命世話をしているのに、だから……許せなかった。亡くなって悲しいというよりも、ホッとしたというのが正直な気持ちです。殺人者と呼ばれるなら、それはそれでかまいません」

 会場の女子生徒たちのすすり泣く声が聞こえると、サジタリアスメンバーの傷を暴いて陥れる、という作戦のアテが外れて焦り始めたのか、氷川はターゲットを変えた。

「で、では、次にドラム担当の水谷文弥君。大阪出身の彼がどうして東京の高校に進学したのか、それは向こうにいられない事情があったからです」

 ギロリと氷川を睨む文弥の迫力に、その場の緊張が高まった。

「水谷君は中学時代になんと、人妻と不倫をしたのです。早熟な彼を御存知なら納得いくと思いますが、相手が悪かった、それは中学の担任の女性教師だった。地元での騒ぎから逃げるように、親戚を頼ってこの学校に入学したはいいが、彼はここでも大変なことを仕出かしています」

 場内は氷川の話にすっかり飲み込まれている。そこまで一気にしゃべった彼は審査員席を指差した。

「多くの女子生徒をたぶらかした挙げ句、水谷君が現在つき合っているお相手は当校の音楽担当教師にして、このBBFの審査員でもある津田美月先生なのです。彼は先生に近づいて、審査に手心を加えてもらおうという狙いがあったのではないでしょうか」

「そんなんはないっ!」

 氷川のセリフを強い口調で遮った文弥もまたコーラスのマイクに向かって「たしかにボクは恋多き男やった。ぎょうさんの女の子を泣かしたかもしれん、それは謝るさかい、堪忍してくれ」と言った。

「今は本気や。津田先生のこと、ごっつう好きや。高校卒業して、それで……ボクはアホやから、大学まで行けるかどうかわからへんけど、いつかは結婚するつもりやし、待ってて欲しい」

 思いがけないプロポーズに、陽気で気丈な女教師の瞳が潤んだ。

「文弥……くん……」

 コクリと頷く美月を見て、驚きで騒然としていた会場が二人を祝福するムードに変わり、またまた形勢が悪くなった氷川はその矛先をもっとも憎む相手へと向けた。

「ま、まあ、教師と生徒とはいえ、男と女ですからいいとしてもですね、皆さん、ホモはいただけないでしょう」

 そして彼は大袈裟な身振りで「サジタリアスのリーダーにしてヴォーカル担当、並木天馬君がホモである、どれだけの人がそれを知っていたか」と宣伝文句のように明るく、わざとらしく言った。

「もちろん人の好みは様々ですから、ホモが一概に悪いわけではありません。ですが、彼は同じグループのメンバーに触手を伸ばして弄び、内輪揉めをさせて楽しんでいる、その姿はまさに魔性の男といえます。彼に惑わされた男たちが小競り合いをし、流血騒動にまで発展しました。男同士の色欲にまみれた汚らわしい存在がこの、並木天馬なのです」

 声高に叫ぶ氷川、怒号が飛び交うその中で、天馬はじっと瞼を閉じたまま、微動だにしなかった。

 やがて目を開いた彼は再びマイクを手にすると、大きく息を吸い込んだ。

「失くした夢……」

 美しい声が響き始めると、騒がしかった場内は次第に静まり、誰もが天馬の歌に耳を傾けだした。

「消えた情熱 行く先を決めかねて 独りたたずむ」

「嘆きと苦悩を置き去りに 孤独さえも道連れに さすらう風になれるなら──」

 アカペラで歌い続ける天馬に、朋成のピアノの音が寄り添い始めた。

「だけど そのまなざしを その温もりを 忘れてはいない すべてを許して 信じられるなら こぼれる涙はきっと乾く」

「ほら 土砂降りを抜ければ 雲の切れ間 青空に会える 翼広げれば 優しい微笑み 君に会える」

 やがて宗吾のベースが、恭介のギターが、文弥のドラムがひとつになって、PRECIOUS HEARTは今、大きなうねりに──

「振り返らない あきらめない いつかこの手につかむまで 立ち止まらない ただひたすらに 君に辿り着くまで」

「PRECIOUS HEART 夢は幻じゃない」

「PRECIOUS HEART 未来はここから始まる──」

 雷鳴のような拍手が鳴り響く。一礼したあと、天馬は会場に向かって語りかけた。

「辛いことも悲しいこともたくさんあったけど、素晴らしい仲間たちに支えられて、ここまでやってきました。今日、この舞台に立って、決勝まで進めたなんて本当に幸せです。みんな、ありがとう。そして……」

 奥の壁際に立つ男の姿を見つめて、天馬はもう一度「ありがとう」と言った。

    ◆    ◆    ◆

「なあ、ほんまに辞退してよかったんかいな? 審査員の贔屓は一切ナシって証明されたんやし、喜んで受けたらええのに」

 あきらめ切れないらしい文弥の発言に「だから、ホントにいいんだって」と天馬は繰り返した。

「あれがオレたちに有利なパフォーマンスになっちゃったわけだろ。実力で勝負したことにならない、って思うと後味悪いしさ。それに、ここで優勝したら、来年の目標がなくなるじゃないか」

「二連覇目指したらええやん」

 二人のやり取りを聞いていた朋成がそこで口を挟む。

「次も優勝できる確証があればいいのですが、二年や一年に負けて、去年の覇者が落ちぶれた、なんて言われたら、どうにも格好がつきませんからね。準優勝の方がまだマシかと」

「なんや、弱気やなあ」

「まあ、今回は三年生に花を持たせた、ということでいいんじゃないですか」

 大会が終了した翌日、喫茶Zodiacの一番奥の席にメンバーたちの笑顔が揃う。

「そうそう、卒業生に花道を譲ったってわけ。いいじゃないか、朋がベストサポート賞を取ったし、恭介は準ベストギタリスト受賞、そんでもってこのオレは」

天馬はお気に入りのアイスコーヒーを一気に飲むと「えっへん」と胸を張りながらブイサインを出した。

「去年の雪辱を果たして、堂々のベストヴォーカル賞だ、恐れ入ったか」

「どうせボクはなんも取らんかったわい、悪かったな」

「それに弱気、だなんてとんでもないぜ。ベースが復帰したら、そのあとはツインギターの強力六人体制でいくわけだし、今まで手が出せなかった曲もカバーできる。音楽の幅が広がって、ますますパワーアップするんだから。なぁ~? そこの師匠と弟子、二人で協力し合ってくれよな、ヨロシク頼むよン」

 恭介と宗吾は顔を見合わせると、困ったような笑みを浮かべてうなずいた。

 こうして並べて見るとこの二人、けっこうお似合いかも。くっつけてみようかと、いらぬお節介が頭を持ち上げて、そんな天馬の心中がわかったのか、隣の席から伸びた右手が後ろ頭をコンッとこづいた。

「何だよ?」

「余計なことを考えるな。そういうのを大きなお世話と呼ぶんだ」

「うるせえな。わかってるよ、もう」

「あー、えらい暑いわ。もう秋やのに、まるで真夏の暑さや」

 彼らの様子を見てそう茶化したあと、文弥は「何でノンケなボクらが肩身狭いんや? こうなったら、あぶれたボクと朋でデキてしまおか」と言いながら、正面に座る朋成の手をテーブル越しに握りしめた。

「お申し出はありがたいですけど、結婚宣言までされたことですし、私としては先生を敵に回すのは避けたいのですが」

「ああもう、その話はええって。あれははずみや、はずみ。どうかしとったんや、気の迷いや……」

 ぶつぶつと言い訳する文弥を見て爆笑する人々、それにつられて微笑む丈──彼が帰ってきた、そして今ここに居る──天馬は幸せを噛みしめた。

「そろそろスタジオが空く時間ですね」

「そや、早よ行かなあかん。一分一秒も惜しいからな」

「もう会計は済ませた?」

「はい、師匠。先程お店の方にお願いしておきましたからオッケーです」

 席をあとにする四人に続いて立ち上がった天馬は丈を振り返った。

「……オレ、氷川の気持ち、よくわかる気がする。きっと、今のオレと同じだったんだって、そう思うんだ」

 仲間たちと過ごす、かけがえのない大切な時間。そこに大好きな人も一緒にいる、この幸せをもう二度と失いたくない。

 丈は優しいまなざしで天馬を見上げた。

「あいつ、おまえのことがすっごく好きで、他の誰にも渡したくなくて、そのためなら何でもやってやる、ってところまで追い詰められて。気の毒なんて言っちゃいけないのかもしれないけど、可哀想……だったよな」

 丈を取り戻し、再びの幸福をと願った氷川が誤って進んだ道。一歩間違えれば──サザンクロスに取り込まれたきり、丈の本当の気持ちがわからないままだったら──自分も同じ道に足を踏み入れ、さまよったかもしれないと、天馬は思った。

「丈が帰ってこなかったら、オレだって……」

「心配はない」

 丈はきっぱりと言い切った。

「おまえにそんな度胸はない」

「あーっ、ひっでぇ言い方」

「誰かを傷つけるような、卑怯な真似などできないおまえだからこそ、俺が惚れるに値する男だ。よくおぼえておけ」

 無口で無愛想な丈の、精一杯の愛情表現に照れ臭くなった天馬は思わずうつむいてしまった。

「おーい、天馬、丈、早よ来んかい」

「わりィ、今行く!」

 天馬は謎かけをするように、丈に向かって右手を差し出した。

「来年の大会は一緒に」

「舞台に立つ。当然優勝する」

「よくできました」

 天馬の手を握り返すと、丈は先に立って歩き出した。

「俺たちの未来は──」

「ここから始まる、だよな」

 九月の青空に翼を広げて──

                                   END