※ベイバ神の51話(最終話)後半に於いて、シュウの心情をもっと詳しく描写し、そこに原作45話(コミックス10巻収録)の話を絡めた内容、いわば自分が観たかったパターンの「脚本」のようなSSを書いてみました。要は原作とアニメを辿っただけのチンケな代物ですが、ゴールドアイは大会に参加していたので、代わりにシルバーアイを捏造しています。御了承ください。
蒼井バルトの劇的な優勝で幕を閉じたゴッドブレーダーズカップ、閉会式が終わっても人々の興奮は冷めやらず、敷地内のあちらこちらで延々とお祭り騒ぎが続いており、それは会場の隣の建物内に設けられた選手控え室でも同様だった。腕に怪我を負った自分を気遣い、その代わりにと、仲間たちにパスタを振舞ったバルトのもてなしは残念ながら不評で、今は彼の母と『スペインの母』の手料理に皆が舌鼓を打っている。
それでも――紅シュウはバルトの気持ちが嬉しかった。数時間前まで、自分は『紅シュウ』としての心を失っていたのだ。それをこうやって取り戻すことができたのはバルトのお蔭に他ならなかった。だが、嬉しい以上に心苦しいのも事実だった。
『オレの前から消えろっ!』
あれほどまでに酷い言葉を何度も投げつけられたのに、とりすがって大粒の涙を流していたのに、バルトは何事もなかったかのようにシュウを受け入れ、以前と変わらない態度で友情を示し、接してくれる。スネークピット内で、白鷺城ルイとのバトルの場面で、先程の決勝戦で。ライバル以前に親友だと思っていた相手から手酷く罵られたのだ、どんなにか辛かっただろう。どんなにか苦しかっただろう。こちらが想像する以上に、彼を傷つけていたのは明白だ。そう思うといたたまれない気持ちになるが、それを表に出してこの場の和やかな雰囲気を壊すわけにもいかず、つくり笑顔を浮かべ続けている。
久しぶりに会う米駒学園時代の仲間とも、BCソルのチームメイトたちとも楽しげに語るバルトの明るい表情を見つめながら、シュウの独白は続いた。
(オレは……本当はずっと、おまえが羨ましかった。おまえはオレにないものを持ち合わせていたから)
誰とでもすぐに友達になり、敵対していた相手ですらも仲良くなる持ち前の明るさと、ベイを楽しみながらあっという間に強くなっていったバルト。当初はバルトのコーチか保護者のような心づもりで、いわば無意識のうちに一段上から彼を見ていたシュウは次第に焦りと嫉妬を感じるようになっていた。
かつて自身が敵わなかったルイを追い詰めるほどの実力になったバルトと対等に戦う力、いや、それ以上の、世界のライバルたちを打ち負かす力を得るにはどうするべきか。強さに囚われ、強さだけを追い求めた結果がこんな形の敗北だったのだ。さっきまでの自分が愚かしくも愛おしい。
ふと、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。届いたメールの文面に目を落としたシュウは唇をかみしめると、手洗いに行くふりをして部屋を出た。出向いた先は先程まで大会が行われていた会場で、そこにはスネークピットのアシュラムこと、ニューヨークブルズのオーナー、ギルデンが仮面の男たちと共に待ち構えていた。
「無様だな、レッドアイ。最強になると言っていたのはどこの誰だったか……宿願も達することすら出来ない、今のおまえはまさに負け犬だ」
やって来たシュウの姿を認めたギルデンは仮面の下で嘲笑った。それから、スネークピットに戻る気はないと言うシュウに、ならば幹部のシルバーアイとバトルするよう、促した。
「勝てば望みどおり自由にしてやろう」
「……わかった」
決勝戦で体力を使い果たした上に右腕を負傷している今、シュウのコンディションは最悪といっていいだろう。だからこそ、彼らはこの機を狙ってきたのだ。それでも勝負を受けないわけにはいかない。これは『レッドアイ』だった自分に対する禊なのだ。
するとそこへ、なかなか戻らないシュウを心配したバルトたちが駆けつけてきた。
「コイツら、スネークピットだなっ!」
クミチョーこと黄山乱太郎が声を荒げて仮面の男たちを睨みつける。バルトの他に黒神ダイナ、緑川犬介、小紫ワキヤの顔も見えた。スネークピットの面々がシュウの窮状に付け込んでいるのは見るからに明らかで、代わりに自分が戦うと口々に申し出る仲間たちを制し「これはオレ自身で決着をつけなければならないんだ」と言うと、
「そいつがおまえの『おとしまえ』ってわけか」
「ああ、そうだ」
「なら、オレらは見守るしかねえな」
クミチョーは不安げな面持ちながらも、腕を組んで仁王立ちになった。その横でバルトは拳を握りしめると、真剣な眼差しでこちらを凝視していた。
「そうだ、オレたちはシュウの闘いを見届けるんだ!」
怪我と体力低下でまともに戦えるかどうかわからない友のことが、内心は心配でたまらないのだろう、目には涙すら浮かべている。これ以上、あいつの心に負荷を与える存在になってはいけない。二度と辛い表情はさせたくない、ずっと笑顔でいて欲しい。
シルバーアイはゴールドアイことノーマン・ターバーに次ぐ実力者とはいえ、ベストの状態なら余裕で勝てる相手だが、今の状況はかなり厳しい。もしも負けたら「さあ、もう一度仮面をつけて仲間に戻りましょう、最強を目指しましょう」などという処遇では済まないと承知している。待っているのは更なる修羅の道、彼らが強さを追求するための単なる道具に成り下がって、二度と個に戻れなくなるのは必至だ。
(それでもオレは……オレ自身の戦い方を取り戻して勝つ!)
シュウは包帯で固定したランチャーを構えた。
バルトにあって自分にはないものを埋め合わせるために、さらにはルイやフリー・デラホーヤを凌ぐ力を得るために『スプリガン』を名乗る怪物になろうとした。強さに固執し、相手の破壊のみに意味を見出す力の権化、そこには自分を見失って破滅する末路が待っているだけとようやく気付いた。
(ベイを支配するのではなく、ベイとの絆を大切に、共に楽しんで戦う。そう教えてくれたのはバルト、おまえだ。オレもおまえのように戦いたい。そうすれば……)
きっと、いや、絶対に勝てる。
――シルバーアイのベイが宙に飛んだ次の瞬間、バーストした。怪我人相手で楽勝だと高をくくっていたのだろう、スネークピットの面々は呆気にとられた様子でバラバラと落ちるパーツを見つめている。それらを拾い集めたシュウはへたり込んでしまったシルバーアイにベイを手渡すと、茫然とするギルデンたちに向かって、深々と頭を下げた。
「お世話になりました」
こんなふうに袂を分かつことにはなったが、ニューヨークブルズでも、スネークピットにおいても共に過ごした人々である。礼儀を欠くような形で終わりたくはなかった。
すると、一連の経緯を黙って見守っていたバルトが次の瞬間、シュウに飛びついてきた。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。
「シュウ! 今度こそ本当にお帰り!」
「バルト……」
友の行動に戸惑いながらも、胸の内が熱くなる。
「ただいま……ありがとう」
◆ ◆ ◆
戻る道すがら、クミチョーが「それで、これからどうするんだ」と訊いてきた。
「怪我の治療もあるし、とりあえずは日本に帰国するよ」
すると今度は犬介が「ずっと日本にいるの? もう外国のチームには所属しないつもり?」と言い、その言葉を引き取ったダイナが「今回のことでギルデンがどんな処分を受けるかはわからないけど、オーナーを続けるのは無理だろうな。かと言って、シュウを今すぐブルズに戻すというのもなさそうだ」と答えた。
「そうやなぁ。オーナーが代わるんやったらチーム内の体制も変わるしな。でもまあ、シュウほどの実力なら、また戻ってくれ言うて、はよ呼ばれるんちゃうか? ま、もしも呼ばれんかったら、ワイんとこのチームに入れたってもええで」
ワキヤがそう言ったあと、バルトが「またシュウと離れちゃうのか」としょんぼりした様子でうなだれた。
「おい、バルトよぅー、これまでだってお互いアメリカとスペインにいたんだぜ。ちょっくらちょいとは行き来できない距離だ。アメリカが日本になったって、たいして変わんねーだろーが」
「それはそうだけど……」
クミチョーに頭を小突かれながらも、バルトは浮かない表情のままだ。寂しげな友を目の当たりにしても、かける言葉が見つからない。ブルズ入りが決まってアメリカに渡った時には考えも及ばなかった、離れて行く者を見送る想い。今、シュウはその切なさをひしひしと感じていた。
◆ ◆ ◆
日本に戻って一週間以上が経った。右腕の怪我は順調に回復し、医師に運動OKの御墨つきを貰って、日課だったロードワークも再開した。見慣れた川の堤を走り抜けると母校が見えてくる。ふと、屋上を覗いてみようかという気になり、校門をくぐると校舎に上った。
爽やかな風が吹き抜ける屋上にて、ベイクラブ用のスタジアムはあの頃と同じ場所に置かれていた。まるで、静かに余生を過ごしているかのようだ。かつてここに仲間たちが集い、賑やかにベイを回していたなんて、夢でも見ていたのかと思うほどに儚い記憶だ。
「いるわけないか」
みんな、世界へ羽ばたいた。幼馴染みの盟友はワールドチャンピオンになった。先を行ったはずのオレだけが自身の過ちのせいで、後戻りをして足踏みだ。いくらかの焦燥感にかられるものの、惑うことはないと己を納得させる。そうだ、ここからもう一度やり直せばいい。足元の道には未だ靄がかかっているけれども、いつかきっと晴れるはず。だから……
「……あのー、紅シュウさんですよね?」
背後からふいに声がして、振り返ると三年生か四年生ぐらいの可愛らしい少年が目を輝かせながらこちらを見上げており、「ああ、そうだけど」と答えると、
「わあ、やっぱり本物だ! 日本に帰ってらしたんですね」
世界のトップブレーダーに上り詰めた先輩を前に、墨江フブキと名乗った少年は「ブレーダーズカップの決勝戦、テレビで観てました。感動しました!」と興奮した口ぶりで続けた。
「ありがとう」
「ボク、シュウさんに憧れて、ベイクラブに入部したんです」
「じゃあ、あのスタジアムは?」
「いつも練習で使ってます、今日も自主練しようかと思って……まさかここでシュウさんに会えるなんて、ついてるなぁ。来て良かった」
スタジアムは余生を送っているのではなく現役で、クラブの後輩が普段から使用しているとわかる。自分たちが去ったあとも、米駒学園ベイクラブの、始まったばかりの伝統は脈々と受け継がれていたのだ。
ふいに心が揺さぶられた。次の波はすぐそこまで来ている、手の届くところに迫っている。いつまでもぼんやりと立ち止まっている暇はない。
「あの、ボクもベイ、強くなれますか?」
緊張した面持ちでフブキが問いかけてきた。シュウは「なれるさ。ベイが好きならね」と、自身に言い聞かせるかのように答えた。
そう、ベイが好きなら――
その想いを強さに変えてきた彼のように――
「そ、それじゃあ、ボクとバトルしてくれますか?」
「ああ、いいよ。やろうか」
「やったぁ~!」
フブキの希望に満ちた眼差しを受け止める。彼にはこれからも惑うことなく真っ直ぐに進んで欲しい。強さだけに囚われずに、ベイバトルの本当の楽しさをわかって欲しい。いや、彼だけではない、この先、頂点を目指そうとしている、もっと多くのブレーダーたちにも。そんな後進のために、オレにはオレの、やるべきことがある。
新しい風が吹いた。足元にかかっていた靄が晴れた。進むべき道が見えた。この道はきっと正しい。なあ、そうだろう、バルト。
シュウは構えたランチャーを青空に翳した。
そう、この空は彼の地に繋がっているのだと――
――了