DOUJIN SPIRITS

二次創作イラスト・マンガ・小説を公開するブログです

ベイバ 背中合わせのbuddy

 アニメ神の団体戦決勝の経緯からシスコとクミチョーのCP沼にどっぷりハマってしまいました。この二人、ちょいちょい絡んでいて、なかなかいいコンビ。もっとも、CPというより相棒・バディ感が強いのですが、そんな彼らの話を連載形式で書こうかなと。ほぼアニメに沿った内容で、第一話の今回はさほど腐っておりませんが、次からはもう少しCPっぽさを出したいと思いつつ……

※第二話が進まず行き詰まってしまったため、この作品は読み切りといたします。シスクミについてはまた別のストーリーを考え中ですので御了承ください。

 

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 シスコ・カーライルにとって、フリー・デラホーヤは常に「目前に立ちはだかる敵」だった。ライバルではない、敵だ。共に相手の実力を認め、切磋琢磨していく関係ではないからライバルとは呼ばない。フリーがこのクラブ・BCソルで、ライバルとして意識しているのはただ一人、日本からやって来た蒼井バルト、あいつだ。こちらの存在は歯牙にもかけない、そんな態度にムカッ腹が立つ。ゆえにいつか、この手でブッ倒してスタジアム前の冷たい床にひれ伏させてやりたいと目論んでいる。

 だから、フリーがニューヨークブルズに移籍したのは彼自身にとって僥倖だった。BCソルの将来を考えての英断だとか、そんな話はどうでもいい。ワールドリーグの決勝戦でブルズと対戦する、同じクラブのメンバーとしてではなく、正真正銘の敵としてフリーをブッ倒す機会が訪れたのだ。

 そうと決まれば否が応でも気合が入る。試合前日の夜もトレーニングルームで猛特訓を続け、体力の限界ギリギリまできていたと気づかずにいたシスコは「おまえ、いつまで練習してんだよ」と言う黄山乱太郎の制止で我に返った。

 「あ? おまえには関係ねぇよ」

「って、関係あるだろ。オレたちはチームメイトだ。試合前日に無茶しやがって」

「無茶?」

「どう考えても無茶だろうが。こんなに汗かいてさ」

 シスコの足元には彼が流した汗で小さな水溜まりができていた。一人の身体から流れ出たとしたら相当な量だ。今すぐ脱水症状になっても不思議ではない。

 しかし、だからといって相手の助言に、素直に耳を傾けることのできないシスコは「おまえらと一緒にすんな。こんなのオレにとっちゃ無茶のうちに入らねえんだよ」などと言い切り、そんな様子に呆れたらしく、乱太郎は肩をすくめた。

「まったく意地っ張りだな。気持ちはわかるけどよぅ、そんなんで調子崩したら何にもなんねーぞ」

 バルトから「クミチョー」と呼ばれているこの男は同時期にクラブ入りしたこともあって、何かと関わる機会が多い。当初は面と向かって「ムカつく野郎だな」と言われたし、こちらも「その態度が気に入らねーんだよ」などと喧嘩を売る場面もあったが、今では信頼できるチームメイトの一人だ。

 否、とシスコは自分で自分の独白を否定した。オレにとってのチームメイトなんて、どこにもいない。

『反逆のアウトロー』というキャッチフレーズの通り、あちらこちらのベイクラブを渡り歩いてきた彼が行く先々で浴びせられるのは冷たい視線のみ。周囲は常に敵意剥き出しで、ならば喧嘩上等、かかってきやがれと、肩をそびやかして過ごした。周りにどう思われようと構わない、孤立している、孤独であることに不安も寂しさもなかった。

 ここBCソルに入団してからも、クラブのメンバーたちは自分との距離を置いているのが感じられたし、傍若無人な態度を取り続ければ、そうされて当たり前だとわかっていた。もちろん、自身の姿勢を改める気は毛頭ない。

 ところが、バルトと乱太郎は違った。自分たちだって元からクラブにいた連中に冷遇されているにも関わらず『反逆のアウトロー』を気遣う場面は何度もあった。何てお人好しな奴らだ、オレに構う前におまえらの状況を考えろよと言いたかったのだが、そんな二人の対応に、ふっと心が揺さぶられることもあった。

(特にこいつだ、黄山乱太郎。御節介ばかり焼いておかしなヤツだぜ。いくら親切めいたこと言ったって、オレは惑わされねえからな)

 その存在が自分の心の隅に入り込んでいると認めたくはない。それでもランチャーを構えていた腕が下がると、乱太郎は自分の好物の棒つきキャンディをシスコの目の前に突き出してきた。

「ほれ、甘いもんは疲れにきくってよ」

 途端に、疲労物質の蓄積を知らせる信号が脳に伝達されてきた。身体が糖分を欲しているとわかる。シスコはキャンディをひったくるように受け取ると口に放り込んだ。

 思いがけず素直な反応を見せたシスコに、乱太郎は満足気な笑みを向けた。

「な、うめえだろ」

「うまかねえよ」

「なんだその態度、かわいくねーな」

「かわいいなんて、気色の悪いこと言うなっての」

 ああ言えばこう言うのやり取りを続けながらも、お互いに相手の存在が好ましいものだと考えているのがわかる。

 前言撤回。オレにとってのチームメイトは、ここにいる。

    ◆    ◆    ◆

 いよいよ決勝戦、選手控室に揃ったBCソルチームの代表五名は思い思いの場所に腰掛け、試合前の緊張をほぐそうとしてか、色んな話題を持ち出しては会話を続けていた。

 控室の壁には大型のスクリーンが設置されており、七色のライトに照らされた無人のスタジアムが映し出されたかと思えば、映像が切り替わって大会のこれまでのダイジェストシーンや、今日の試合のメンバー紹介なども放映されていた。

 その映像にしばらく目をやっていたバルトがいくらか不安げな口調で言った。

「とうとう決勝まできたけどさぁ、今の紹介だと、今回もブルズの出場メンバーにシュウはいなかったよな」

 行方不明になってしまった親友を心配するバルトの言葉に、腕組みをした乱太郎が難しい顔で頷いた。

「ああ。いったいどうしちまったんだろうな、あいつ。いれば絶対代表入りするだろうから、スネークピットを追い出されて以来、ずっとクラブには戻っていないってことになるんだよな」

 話題になっている紅シュウのことはシスコも知っていた。アメリカ国内のリーグ戦が始まった頃はブルズの新エースと呼ばれていたらしいが、フリーが移籍するのと前後してクラブからいなくなったと聞いた。せっかくエースの座をゲットしたのに、すぐさまフリーに明け渡す羽目になったのがきっかけではないのか、嫌気がさしてクラブを辞めたとも勘繰れる。

 そうだ、フリー……いよいよヤツと対戦するのだ。心地よい緊張感に包まれる。どうか対戦カードは自分に当たって欲しい。そして今度こそ、叩きのめしてやる。

「ねえ、そろそろスタンバイじゃない?」

 クーザ・アッカーマンが声をかけ、それを合図に全員が立ち上がる。控室から競技会場へと向かう廊下を進むと、昂揚感が増してきた。扉の向こうにスタジアムがあり、さらにその向こうに敵がいる。フリーがいる――

「赤コーナー、名門BCソルの入場だ!」

 テンション高く紹介されたあと、スポットライトの眩しさに目を細める。アリーナをぐるりと取り囲んだ観客席は満杯で、ホームでの試合とあって多くのサポーターたちが声援を送っていた。戦う前からかなりの盛り上がりだ。

 野球で言うところのダッグアウトにて、キャプテンのバルトがこの試合は全員で戦おうと言い出し、先鋒に乱太郎、次鋒がクーザ、シスコは中堅に指名された。すると乱太郎の対戦相手、リチャード・イエロがスネークピットにいたイエローアイだということに気づいたバルトとクーザが騒ぎ始めた。

「つーことはだ、スネークピットとやらの存在にブルズが一枚噛んでいるってわけか。キナ臭えな」

 ブルズが、というよりあのオーナーだろう。フリーを引き抜いたのもあいつだ。胡散臭いことこの上ないオッサンだが、とにかく今は試合に集中するしかない。

 乱太郎は勝ったが、クーザはジョシュア・ブーンに敗北した。カウントは一対一、第三試合を戦うべくブルズ側から立ち上がったのは――フリーだった。

    ◆    ◆    ◆

 シスコのベイ、クライスサタンはフリーの前に敗れた。相手をかなりのところまで追いつめて勝利は目前かと思われたが、低速バーストという、思いがけない方法で負けてしまったのだ。悔しさと腹立たしさで苛立ちは頂点に達しているが、それを口に出して喚くような大人げのない真似はしたくない。彼はベンチに腰掛けると、そのままだんまりを決め込んだ。

 目の前では第四試合、バルト対ジョシュアの対決が繰り広げられている。どちらのチームもベンチ入りしているのは五人だが、一人が複数回戦ってはいけないという決まりはなく、また、一度も対戦しないで終わる者がいても構わないのでジョシュアが参戦しているのだ。しかしながら押しているのはバルト、ここで彼が勝ったら二対二の同点、勝負は第五試合に持ち越される。その場合、ブルズは確実に勝利を収めるためにエースであるフリーを出してくるに違いない。対するこちらの大将はヒクソンだが、彼がフリーに勝てるとは、贔屓目に見ても難しかった。

 ならばもう一度、このチャンスに賭ける……シスコは決意を固めた。

 やはり勝利したのはバルトで、ドローに持ち込めたとあって会場が沸き、誰もが興奮した口調で「次で勝てば」と優勝の可能性を口にしていたその時、シスコは四人に向かって「みんな、頼む。ラストバトル、オレにやらせてくれ」と訴えた。

 その瞬間、バルトたちは驚いた様子で彼の面に視線を注いだ。高飛車で傍若無人、誰かに頭を下げることなんて金輪際有り得ないと思われていたシスコが真摯な態度に出たのだから無理もない。 

「このままじゃ終われねえんだ」

 そうだ、フリーに負けっぱなしのまま引き下がるなんて絶対にできない。日本人がよくやるという土下座をしてでも、頼み込むつもりだった。

 すると、

「オレからも頼む」

 そう言って頭を下げたのは乱太郎だった。

 思いもよらない彼の行動に、シスコは「黄山……」と言いかけて絶句した。

(オレなんかのためにそんな真似を?)

 胸がざわつくのを何とか堪える。戦いの前に動揺してはいけない。

 向けられた信頼の眼差しに応えなければ。シスコは掌の中のベイを一層強く握りしめた。

    ◆    ◆    ◆

 フリーの代わりに現れたのがジョシュアだったのは誤算だが、それはそれで結果オーライ。シスコが勝って、BCソルは見事に優勝を手にした。けっきょくフリーとの再戦はかなわなかったにしても、世界一の響きは格別だ。シスコは満足気に、肩を叩いて喜び合うバルトたちを眺めていた。

「それじゃあ、クラブの方に戻ってお祝いのパーティーをしましょう。御馳走が用意されているわよ」

 クリスの呼びかけに、応援席にいた連中もぞろぞろと席を立つ。つと、シスコはバルトやクーザに続いて進み始めた乱太郎を呼び止めた。気を利かせたつもりなのか、振り向いたバルトが「クミチョー、シスコ、先に行ってるぜ」と声をかけ、また歩き出す。

「おう」

 こちらに向き直る乱太郎を見据えて、シスコは切り出した。

「さっきのはどういうつもりだ?」

「さっきの、って?」

「それは……その……」

 問われて言葉に詰まったが、咳払いをして体勢を立て直す。

「何でオレのためにおまえが頭を」

「ああ、あれか」

 乱太郎はこともなげに言った。

「そりゃあ、おまえの頑張りをずっと見てたからよ。そもそも、おまえがあんなふうに頼み込むなんて、よっぽどのことだもんな。もう一度フリーと勝負させてやりたい、できれば勝たせてやりたいと思って当然だろ。ヒクソンだって、みんなだって同じ気持ちだから承知してくれたんじゃねえの」

 いつの間にか観客たちもすべて引き揚げて、ひっそりと静まり返った会場にいるのは二人きり。こんなにも広いスペース、高い天井にも関わらず、小さな物音が大きく響く。

 だが、乱太郎の言葉が響くのはその場所だけではなかった。そう、この胸の内にも――

(オレにとって初めてのチームメイト、初めての仲間、初めての――)

「黄山」

「あ?」

「背中、貸せ」

 一瞬、戸惑ったような顔をした乱太郎だが「おらよ」と言ってあちらを向いた。その背中に自分の背を預けると、重なった部分が触れて学ラン越しでも温かい。

 目の奥も胸の奥にもこみ上げてくるものがあるが、こんな様子を見られたくはない。シスコはサングラスをずらすと右手で目元を覆いながら、天井を見上げて呟いた。

「ありがとな」

「何だって?」

「バカ野郎、一度しか言わねーよ」

「あ~、へいへい」

 頬を伝うのは涙なんかじゃない。

 オレのバディは、ここにいる。

 〈END〉