連休前に家族が手術で入院することになり、そのための検査やら手続きやらで長時間病院にいたせいか、自身のメンタルがやられそうになりました。そんなさなかに思いついた今回のネタ。ちょっとイッちゃってる、病んでる、ヤバい設定も彼のキャラなら描くことができると思い、ついついSS化してしまいました。これまではコメディやらハピエンしか書けなかったので、もっと違ったタイプのストーリーへの挑戦でもあります。シュウ推しの方、今回の話は読まない方がいいと思う、抗議は受け付けていませんので御注意ください。次はハピエン書きますので御容赦を。
診察室の扉の向こうから現れたのは涼しげな面立ちの美少年だった。医師は目の前の椅子に座るよう彼を促すと、穏やかな口調で話しかけた。
「お名前は紅シュウさん……ああ、ブルズで活躍されている有名なブレーダーですね、存じ上げていますよ。で、今日はどういったことで?」
美少年――紅シュウは困ったような微笑みを浮かべると「じつは」と切り出した。
「チームメイトたちが一度こちらに診てもらった方がいいとしつこく勧めるので」
「ほう。それはどういう理由で?」
「オレ……じゃない、ボクには恋人がいます。ボクの部屋で一緒に住んでいて、毎日がとても楽しく充実しています」
「それは羨ましい」
医師が水を向けると、シュウは目を輝かせて、その恋人がいかに愛おしい存在なのかを綿々と語った。
「いつもボクの手料理を楽しみにしていてくれて。ナポリタンが好物なんです、だから週に一、二回は作ります」
「料理上手なんですね。今期もいい成績を上げておられるようですし、これといって問題はないように思えますが」
「ええ。でも、チームの連中はバルト……恋人の名前ですけど、バルトはこのニューヨークにはいない、スペインに住んでいるって。ボクが何か勘違いしているんじゃないかって。だから、念のためにこちらのクリニックを紹介すると……」
「同居されていることは確かなんですよね?」
シュウはいくらか鼻白んだ様子で言い放った。
「当然です。今日もボクの帰りを、首を長くして待っているはずなんだ。本当は寄り道なんかしたくなかったのに……早く帰って夕飯の支度をしなきゃ」
「そうでしたか。それは申し訳ない」
「いえ、先生のせいではないので……大変、失礼しました。どうですか? 特に異常はない、至って正常だと、おわかりになりましたよね?」
「ええ。ですが、もう二、三訊きたいことがありますので、また明日この時間にお越し願えますかね」
「……わかりました」
不承不承に出て行く彼を見送り、医師は机上のパソコンを操作した。それからwbba.が公開している情報を確認したあと、カルテに「要注意」の文字を書き込んだ。
◆ ◆ ◆
「ただいま、バルト。遅くなってゴメン、ちょっと病院に寄っていたから……」
照明のスイッチを入れると、柔らかな光が静まり返った室内を照らした。
「腹減っただろ? すぐに夕飯にするから待ってて」
着替える時間も惜しくて、そのままキッチンに入る。ベーコン、オニオン、パプリカを手際よく刻み、同時にパスタをボイル。フライパンにオリーブオイルをひいたら、具材を炒めて――調理の賑やかな音が響くのはコンロの周囲だけで、ひと気のない部屋は静寂に包まれたままだ。
「よし、完成」
二人前の皿をテーブルの上に置いたあと、手入れの行き届いた銀製のフォークを添えて、グラスも並べた。
「バルト、ナポリタン出来たからこっちに」
そこまで言うと、シュウはあたりを見回した。
「あれ、寝ちゃってるのかな?」
寝室、トイレ、バスルーム……くまなく探したものの、恋人の姿はどこにも見当たらなかった。
「どこへ行ったんだ? バルト、隠れてないで出てこいよ。そうか、オレの帰りが遅かったんで拗ねてるのか。悪かった、謝るから」
返事はない。シュウの中で不安が膨らみ始めた。
「……そんな、まさか?」
そこに想像が行きつくと、とたんに彼の身体は小刻みに震え出した。
「また、あいつのところに行ったのか!」
部屋の片隅に置かれたコルクボードには、ピアスをつけた黄色い髪の男の写真が無造作に張り付けられている。飄々として無表情なその顔に、推しピンの穴がまたひとつ増えていた。
END