DOUJIN SPIRITS

二次創作イラスト・マンガ・小説を公開するブログです

ベイバ どうせ気ままにTRIP♪TRAP♫

 8月8日のwebオンラインイベント『BLADER'S PARTY』にて初公開の作品です。

 ようやく手をつけたシスクミ小説、ホントにこのCPを支持しているのか、やる気あるのか状態を何とか脱却。プロットが固まった経緯は『本日はお日柄も良く』同様、メインブログ『灰になるまで腐女子です?』の5/30付の記事に記述しております。

 十八歳になったシスクミの二人が車で旅をする、軽妙洒脱なストーリーを目指して書いてみましたが、そうでもない? そもそもベイバを素材とした小説がこんな内容でいいのかと……オリキャラやモブ女などが登場しますが御了承ください。

 表紙は初めて筆を使った塗りをやってみたのですが(背景は素材使用、実際のスペインの風景に近いかどうかは触れないでください)雑さが際立つだけだった。いかにバケツ塗りでカバーしていたのかがわかる。車は小学生の写生大会みたいな出来だし。トホホ。シスクミの二人の衣裳は色を変えただけでデザインはほぼ同じです。進歩がないけど、変えすぎると誰だかわからなくなりそうなので。

  

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  ハイウェイをひた走ると、潮の香りが一層強くなってきた。今日もバレアス海はどこまでも青く穏やかだ。カーステレオのボリュームを上げたはいいが、ノリノリのメロディはすぐに後ろへと飛んでしまう。

「そんなんじゃ聴こえねーだろ」

「うっせーな。だったら、てめーがやれよ」

 タラゴーナを、いや、BCソルを出発してこの方、ずっとハンドルを握り続けているシスコ・カーライルは右隣の呑気な男を横目で睨みつけると、

「つか、そろそろ運転を交代しろよ」

「残念でした~。国際免許申請してねーんだよ」

「はあ? ふざけんな」

「そもそもさ、オレの免許、オートマ限定なんだわ。スペインはマニュアル車が主流だって聞いたぜ」

 それはそのとおりで、今乗っているクロダ家所有の真っ赤なオープンカーもマニュアル仕様、しかも、いつエンストしてもおかしくない、年代物のオンボロだ。

「おまけに右側通行の左ハンドルなんて、慣れてないから怖いし、どっちにしろ運転できねえってこと」

「使えねーヤツだな。マニュアルで取っとけよ」

「日本じゃオートマで充分なんだよ」

 助手席に座るのはもちろん黄山乱太郎、シスコにとっては同時にBCソルに入団してからの腐れ縁、もとい相棒だ。そんな彼らは今、遊びに出かけているわけでも、ドライブを満喫しているわけでもない。れっきとした業務遂行なのである。

 数年前、日本の小さなベイクラブに所属していた朝日ヒカルとヒュウガの兄弟は今や世界のトップブレーダーとなった。当時、彼らのコーチに就いていたのが乱太郎であり、朝日兄弟の成功に味をしめたwbba.は「地方のベイクラブにいる、或いはクラブに所属していない優れた才能の持ち主を積極的に発掘しよう」という方針を打ち出した。これまでは大規模な大会で良い成績を上げた者をスカウトしたり、団員募集をかけて入団テストを行なったりしてきたが、様々な理由で、せっかくの才能を埋もれさせたままのブレーダーもいる。特に地方在住の者はその傾向があるので、こちらから声をかけていこうと方針転換したのだ。

 スペインでは、いや、今や世界でもトップレベルのクラブとされるBCソルもその方針に則るべく、まずは自国内を回ろうということで「スカウトキャラバン」が発足。担当に選ばれたのがレジェンドブレーダーであり、ベテランの域となって最近では後進の指導を担うことの方が多い、シスコと乱太郎だったのである。

「そーいや、バルトも一緒に行きたいって騒いでいたけどな」

「あいつ、観光旅行とでも思ってるんじゃねえのか。だいたい、BCソルの『顔』が長期間、本拠地を離れるわけにはいかねーだろうが」

「そらそうだな。フリーはハナから行く気はないみてえだけど」

「あの自分勝手なマイペース野郎が参加すると思うか?」

「同感だ。ま、誰かさんも入団したばかりの頃は自分勝手だったけどな」

「ケッ、ほざいてろ」

 乱太郎に言われるまでもなく、かつての自分の有り様は自覚しているが、そういつまでも尖ってはいられない。人はこうして大人になるのだ。

  wbba.では世界の各地域にどのようなクラブが存在するかをある程度は把握している。だが、百パーセントというわけではなく、中にはリストに載っていないところもあるらしいので、現地に足を運んで調査するしかない。

 出発して最初に立ち寄ったのがタラゴーナの街で、wbba.からの情報ではベイクラブと呼ばれる団体はないとのこと。それでも念のために調べてみると、バルセロナに近い分、その地のブレーダーたちはBCソルへの入団を希望するため、地元のクラブというものはやはり存在しなかったのである。

 そうとわかると、タラゴーナに見切りをつけた二人は次のカステリョン・デ・ラ・ブラナを目指して移動を開始、こちらはタラゴーナよりも大きな街かつ、ベイクラブの存在もわかっているので、見通しは立てやすい。

「おい、何て名前のクラブだ?」

「『エスパランザ』だとよ。規模も団員数もあのあたりで一番のところだってさ」

「アポはとってあるのか?」

「たりめーよ。このクミチョーさまにお任せってんだ」

「じゃ、今夜の宿の手配もな」

「へいへい」

    ◇    ◇    ◇

 インターチェンジを降りてしばらく車を走らせると、いかにもスペインの街並みといった風景が目の前に広がってきた。『エスパランザ』は街のほぼ中心部にあり、周囲は繁華街と呼べるほどの賑やかな場所だった。

 街中とあって敷地面積はさほど広くはない。森林公園かと思われるほど広大な面積を所有するBCソルの方がむしろ特殊なのだが、専用の駐車場はあったのでそこに車を入れる。

 老紳士といった風情のクラブオーナーは喜んで二人を迎え入れ、応接室へと案内した。それから、所属するブレーダーの中でも一番有望な者を紹介すると言った。

「トレーニング室で練習中なんですよ。今呼んで参りますので、しばらくお待ち下さい」

 オーナーが部屋を出ると、乱太郎が耳打ちしてきた。

「自分のチームのエースを引き抜かれたら、普通は困るんじゃねえのか?」

「さあな。そうだとしても、BCソルのスカウトを受けるレベルのヤツを輩出した、ってんで、クラブとしてはいい宣伝になると考えてるんじゃないのか」

「なるほど、そうか」

 しばらくすると、オーナーに連れられて背の高い少年が入ってきた。後輩のキット・ロペスに似た、かなりの美少年である。

「初めまして、ライネリオといいます」

 ライネリオはぴょこんと頭を下げたあと、眩しそうにこちらを見た。

「お二人のことはよく知っています。ボクもラグナルク使ってるんです」

 自分と同じ系統のベイを使用していると聞いて、乱太郎は上機嫌になった。

「そりゃ嬉しいぜ。あとでバトルしような」

「ホントですか? やった! 黄山さんとバトルできるなんて光栄です」

 ライネリオが乱太郎に憧れているのはすぐにわかった。同じラグナルク使いだからだとも思ったが、話している様子から、それだけではないことをシスコは次第に感じ取っていた。

 黄山乱太郎に対して、憧れ以上の想いを抱くヤツがいる。その存在が面白くない――そんな感情が湧き上がっている自分に戸惑いをおぼえる。これはまさか、ジェラシーというものなのか? くだらない、あんなガキを相手に嫉妬するだなんてバカらしい。それでもこれが「ボクもサタンを使っています」とか「シスコさんに憧れていました」などと言われたのなら、優越感に浸ったのだろうか。否――

 とにもかくにも、ライネリオの現在の実力を見定める。話はそれからだ。トレーニングルームへと移動すると、まずはその場にいたメンバーとのバトル、次に乱太郎とシスコが順次相手を務め、彼がBCソルでも通用するかどうかを判断することになった。

「……うーん、そうだなぁ。筋は悪くないと思うぜ」

「ここから化けるかどうかは本人次第ってとこか」

 入団したはいいが、志半ばで去るヤツもそれなりにいる。移籍が本人にとって吉と出るか凶と出るか、この段階では何とも言えない。

「ま、メシでも食いながら話をしてみるか。この場所じゃ言えないことも言い易くなるだろうしな」

 そろそろ夕飯時なので、ライネリオを誘って近くのレストランへ行こうと乱太郎は提案した。経費は全てBCソル持ちなので、大舟に乗りまくりである。

「そうするか」

 一旦は賛同したものの、当人に会食の件を持ち掛けた時の反応を見て、シスコは同席するのを躊躇した。乱太郎と二人きりで話がしたい、ライネリオからはそんなオーラが出まくっていたからである。自分は『お邪魔虫』というわけだ。

 ならば、わざと一緒に行ってやろうかとも思ったが、それも大人げない。「嫉妬するだなんてバカらしい」と考えたばかりじゃないか。それに、自分の振舞いがスカウトの妨げになるのは御免だ。もっとも、当の乱太郎は気づいていないだろう。「ちょっと来い」と部屋の隅へ誘導する。

「話を聞くのはてめーだけでいいだろ」

「は? おまえ何言ってんだよ」

 案の定、乱太郎は不服そうな表情になった。

「あいつ、ラグナルクについてとことん語り合いたいって顔してたんだよ。だったら大いに盛り上げてやりゃいいじゃねえか」

「だからって、おまえはパスしていいってことには」

「面倒くせーんだよ。サタンならともかく、なんでオレがラグナルクの話に付き合わなきゃならねーんだ。つーことでオレは一人でせいせいと飲みに行くから」

「おいおい、無責任だろ。てか、未成年が酒飲んでいいのかよ」

「この国は十八歳から酒もタバコもオッケーなんだよ。おぼえておけ」

「ったく、勝手なヤツだな。その代わり、自分の飲み代は自分で払えよ。経費じゃ落とせないからな」

 思いの外、乱太郎はあっさりと承諾し、それがまたシスコを苛立たせた。「なんだよ、そんなこと言わずに一緒に行こうぜ」とか何とか、もう少し粘ったっていいだろうと、矛盾したことを思ってしまう。

 こちらの想いなど知る由もなく、乱太郎はライネリオを伴い、一足先に出て行った。チッと舌打ちしたあと、シスコはオーナーにいとまを告げると、今夜の宿であるビジネスホテルへと車で向かった。

    ◆    ◆    ◆

 チェックインを済ませ、部屋に荷物を運びこんでから改めて表へ出る。一人で飲みに行く、などと豪語してみたものの、初めて訪れた街のどこへ行けば、美味い酒にありつけるのかなんて、わかるはずもない。

 仕方なく街並みをブラブラと歩き始める。どこでも適当に入ればいいかと辺りを見回しながら行くと、一軒の店が目に止まった。西部劇に登場しそうな、いわゆるウエスタン・サルーン調の店構えだ。

 スペインでアメリカンかよと思いつつも扉を開ける。店内の客の入りはイマイチだった。暇そうにしていたバーテンダーが抑揚のない声で「いらっしゃい」と言った。古びた木の温もりが感じられる、いかにもな内装で、ロックンロールにロカビリーといったオールディーズがほどほどの音量で流れている。

 カウンター席に座り、簡単な料理とビールを注文する。以前から酒は飲んでいたが、店で大っぴらに飲むようになったのはさすがに十八歳を過ぎてからだ。先に誕生日を迎えた乱太郎は飲酒できることを知らなかったぐらいだし、バルトやフリーはまだ十七歳、この先もしばらくは一人で飲む羽目になりそうだ。

「あいつらときたら、どいつもこいつもガキだからな」

 仲間の顔を思い出して独り言つ。目の前に灰皿が置かれていたので店内での喫煙は可。タバコをくわえると、隣から赤いマニキュアを施した手がライターを持って伸びてきた。

「どうぞ」

「ああ、サンキュ」

「御一緒していいかしら?」

 声を掛けてきたのは二十歳前後の、長い髪の若い女だった。夜の街に相応しい、美人だがケバケバしいタイプだ。何も答えずにいると、女は畳みかけてきた。

「あなた、テレビで見たことがあるわ。BCソルのシスコ・カーライルでしょ? 弟がブレーダーでね、こう見えてもちょっとは知識があるのよ。間近で見るとますますイケてるわね」

「そりゃどーも」

 若い美女に「イイ男」だと言われて嬉しくないはずはないが、調子に乗って鼻の下を伸ばすわけにはいかない。

 女の弟というのは先程の『エスパランザ』に所属しており、ライネリオのことも知っていた。彼をスカウトしに来たのだと話すと、弟にももう少し実力があれば、と悔しがった。

「いいなぁ、BCソルに入れるなんて。この国だけじゃなくて、世界中のブレーダーの憧れのチームよ。スカウトされたら地元の英雄になれるわ」

「ふーん。そんなもんかねぇ」

 ハイボール、ジントニックと飲み継いだが一向に酔わない。バーテンダーめ、アルコールをケチっているのかと疑いたくなる。どうやらこの店はハズレだ。隣の席の女とは他愛のない話を続けていたが、しばらくして彼女は時計を見やった。

「あらもう、こんな時間。そろそろお店に行かなきゃ」

 ガールズバーかキャバクラか、そのテの種類の店に勤めているらしい。今からそっちの店に来ないかと誘われたが、明日も早いからと断った。

「残念〜。あなたなら絶対にモテるのに」

「褒め言葉として有難く受け取っておくぜ。機会があったらまたな」

    ◇    ◇    ◇

 女とは同時に店を出て、途中の交差点で別れた。ホテルのフロントに着くと、乱太郎が目の前にいた。

「よっ、お疲れ」

「何のんきなこと言ってんだ、さっさとキーを受け取れよ」

 自分より先に帰ってくるかもと思い、カードキーを預けておいたのだが、ほぼ同時刻に戻ったらしい。

 エレベーターで三階のツインルームへ。他の客がいないのを見計らってか、乱太郎は「おい、見たぜ」と、興味津々といった表情で話しかけてきた。

「何を見たって?」

「バックれるなよ、すげー美人と一緒にいたじゃねえか」

 さっきの飲み屋から出て来たところを見られていたらしい。

「ああ。店で隣の席になって、話しかけられただけだっての」

「はーん。さすがシスコくんは色男なだけあって女子にモテるねぇ。羨ましいぜ」

 カードキーをかざしてドアを開ける。中に入ると、そのままソファにどっかりと座った乱太郎は「そういや」と続けた。

「ヒカルたちとボンバーズで仲間だったライカか。あいつもおまえのファンで、サイン貰ってくれとか一緒に写真撮ってくれとか、何かとうるさかったな」

 そんなことがあったのか、サインをしたかどうかも覚えてはいないし、これ以上、彼の口から女の話をされるのはあまり愉快ではない。年頃の男が女に興味を持つのは当然だ、それが当たり前だとわかっているはずなのに、乱太郎には「そうあって欲しくない」という、自分の不可解な感情に戸惑う。

 シスコは乱太郎の向かいに座ると、話題を変えようとした。

「それより、そっちの方はどうなったんだ?」

「ああ、ライネリオか。『是非ともBCソルのお世話になりたい』って、移籍する気満々だったぜ。んで、その場でクリスに電話して、今後のことをざっと決めておいた。そんなこんなで、すっかり話し込んで遅くなっちまったからよ、家の近くまで送ってから戻ったってわけだ」

「そりゃ御苦労だった」

「まったくだぜ。オレがお仕事に勤しんでいる間、誰かさんは美女と楽しく飲んでいた、なんてな」

「しつこいな。だから、隣にいただけだって言ってんだろうが」

「まーたまた」

 それから乱太郎は何かを思い出したように、

「あ、そうだ。ライネリオのやつ、何か変なことを言っていたな」

「変なこと? 何だ?」

「いや、『黄山さんはシスコさんと仲がいいみたいですけど、どういう関係ですか?』だとよ。どういうもこういうも、同期で入団した仲間だからって答えたんだけどさ、『本当にそれだけですか?』なんて食い下がってきてよ。いったい何が言いたかったんだろうな」

 どういう関係――オレたち二人は何か違った様子に見えるのだろうか。例えばバルトやフリーと一緒にいる時とは異なって映るのだとしたら、それは何が要因なのだろうか。まさか、気持ちが表に出ているとでも? 

「なあ、おまえはどう思うよ?」

「ま、恋人同士とでも答えときゃいいんじゃねーのか」

「はあっ?!」

 思いがけない言葉に目を剥く乱太郎を一瞥すると、シスコは立ち上がった。

「先にシャワーを使うぜ」

「おい、ちょっと待て! 何だよ、恋人って」

「そいつが、ライネリオの野郎が期待している回答じゃねえのか。御期待に応えてやりゃいいんだよ。それ以上は突っ込んでこなくなるってもんだ」

「や、でも、そんなこと言ったら誤解され……」

「信じるヤツは信じるし、信じないヤツは信じねえよ」

 顔を赤くしてなおも混乱している乱太郎を後目に、シスコはバスルームへと向かった。

 自分でも、思い切ったことを言ったと思う。これがまさかの本音だと――

 続いて風呂に入った乱太郎はそのままベッドに潜り込み、何ら言葉を発しなかった。空調機の音だけが低く響く室内、その夜はなかなか寝つかれなかった。

    ◆    ◆    ◆

 翌朝。昨夜の気まずさを引きずったまま、二人は身支度を済ませると、カステリョン・デ・ラ・ブラナをあとにした。続いて向かったのはスペイン第三の都市・バレンシア。大きな街とあって寄せる期待も大きかったが、ベイクラブは複数あるものの、実力のあるブレーダーは存在せず収穫はなかった。才能や素質はある程度まで見極められるし、伸びしろがある者というのは大抵予測がつく。要はスカウト対象のレベルに達していないのだ。

 次に訪れたのはアリカンテ、さらにムルシアへと進む途中で、給油が必要になりスタンドに立ち寄ると、チラリと時計を見た乱太郎は気難しい顔で呟いた。

「予定より随分と遅れちまったな。バレンシアで手間をくったせいか……」

 エンジンルームの点検を頼むつもりでいたが、遅れを気にする相棒の言葉に、次の給油の時でもいいだろうと判断したシスコはそのまま車を発進させた。が、それがまさかの事態を招くとは思いもよらなかったのである。

 出発してしばらくすると、ラジエーターの調子がおかしくなってきた。うすうす兆候を認めていたが思っていたよりも早く、一気に悪化したのだ。このままではオーバーヒートしてしまう。

 それほど交通量のない道なので、とりあえずは退避所に停車したのだが、交通量がないということはそれだけ田舎であり、周囲には修理を請け負う工場の類もスタンドも見当たらない。乱太郎は「何やってんだよ」と苛立ちを露わにした。

「どうして何も言わなかったんだよ。ヤバいってわかってたんなら、もっと早めに手を打たなきゃ……」

「うるせえな! 運転してないヤツにとやかく言われたかねえよ」

「だからって、このままここで停まったまんまってわけにはいかねーだろーが!」

 そんなことは百も承知だ。焦りと不安から言い争いになる二人、シスコは噛みつくように怒鳴った。

「今考えてんだよ、少し黙ってろ!」

 陽はすっかり傾いて辺りは薄暗くなってきた。空には星がチラチラと現われている。ロードサービスを頼むにしても、今からではいつ到着するのかわからない。それでも他に方法がないなら、そうするしか……

「あっ、あれだ!」

 そう叫ぶや否や、乱太郎は助手席から降りると、道路に飛び出した。

「おい、バカ! 何やって」

 慌ててそちらを見る。彼は全力で両手を振り、向こうからやって来る車両積載車、いわゆるカーキャリーに合図を送っていた。

――カーキャリーの運転手の男性は空いた荷台に車を乗せてくれた。しかも、彼の幼い息子は学校に上がったらベイクラブにも入団したいと言っているほどベイが大好きな少年とのことで、子供が語るベイの話を通じて、こちらの二人連れの正体についても知っていたのである。

 息子が憧れるレジェンドブレーダーに親切にしてくれるのも当然で、そのお蔭で最寄りの整備工場まで運んでもらうことが出来たし、その日のうちにムルシアのホテルまで辿り着くことも出来た。訪問先のベイクラブには「明日伺います」と詫びの電話を入れた。

 一時はどうなることかと思ったが、何とか解決して安心したとたんに、疲労感に襲われた。到着が遅くなったせいで飲食店はどこも既に閉店している。チェックインしたホテルの室内にて、コンビニで購入したパンを目の前にしながらも一向に手をつける様子がないのを見て「食べないのか?」と乱太郎が訊いた。

「もうちょいしたらな」

「疲れが出たんだな。栄養ドリンクとかも買っておきゃよかったかな、今から買ってくるか」

 何も答えないシスコをチラチラと見やり、乱太郎は続けた。

「さっきは悪かったな」

「さっき、って……」

「ガソリンを入れた時にエンジンルームの点検をするつもりだったんだろ? オレが余計なことを言わなかったら、こんなとんでもない事態にはならなかったわけだし」

「……いや、オレが優柔不断だった。読みが甘かった」

 車のトラブルは早めに対処すべきだとわかっていたはずなのに、気が緩んでいたとしか言いようがない。それに、乱太郎があのカーキャリーを止めてくれたお蔭で早く修理出来たし、この程度の時間のロスで済んだのだ。感謝こそすれ、謝られる理由はない。

「そんなふうにおとなしいと調子狂うなぁ。そうだ、栄養ドリンクよりも酒買ってきた方がいいんじゃねーか? おまえのガソリンって言やぁ、やっぱアルコールだろ。なあ、ビールがいいのか、それともワイン?」

「バーカ。二日続けては飲まねえよ」

「そう言うなよ。そうだ、オレも付き合ってやろうか?」

「ケッ、下戸が何言ってやがる」

「まだ飲んだことないのに、下戸かどうかなんてわかんねーだろうが」

 そこまで言うと、乱太郎はゲラゲラと笑い始めた。

「やっと『らしく』なったな。いつものシスコ節が聞けねーと調子が狂うっつーか、心配になるっつーか」

「てめーに心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ」

「何だよ、オレの精一杯の愛情を受け止める気はないってか?」

「だったらコンビニまでダッシュしてこい、っつーの」

 悪態をつきながらも、こわばった心が癒されていくのがわかる。そうだ、初めて優勝した時も、その前の練習でも、おまえはずっとそうだった。さりげない心遣いで、オレを見守ってくれた。そんなところはあの頃から何ひとつ変わっていない。だからオレはおまえを――

「……よっしゃ、ビール買ってきたぜ! さて、乾杯~っ!」

    ◇    ◇    ◇

 スペインの首都はマドリードだが、BCソルが存在するバルセロナがいわば「この国におけるベイの聖地」という扱いになっているのは疑いようのない事実である。そんなバルセロナを出発してからここまでは国を南下するルートを辿ってきたわけで、かの地を離れれば離れるほど、しかも街の規模が小さいほど、ベイクラブは存在しない。それどころか、ブレーダーがいない、ベイブレードそのものが普及していない地域もあった。

 ベイの普及も課題であり、それはそれで取り組んでいかなくてはならないが、とりあえず今はスカウトを進めるのが急務だ。最初にライネリオをスカウトできたのはたまたまツイていただけで、その後めぼしい者はおらず成果が上がらない。

 ポルトガルとの国境の近くまで行き着き、そこからは北上して内陸部へと向かう。今夜は国境付近の街・オリベンサで宿を取ろうということになったが、ここで思いがけない事態になった。街で大きな祭が催され、観光客が押し寄せるというタイミングだったせいで、ホテルの予約が取れなくなってしまったのである。

 仕方なく次の街まで移動しようとしたが、そこでシスコは自身の身体が一気に不調を訴えてきたのを感じた。全身がだるく頭も重い。こめかみを押さえていると、乱太郎が心配そうに覗き込んできた。

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「どうってことねえよ」

「ウソつけ」

 それから彼はこちらの額に手を当ててきた。

「おい、熱があるじゃないか」

「 だから、どうって」

「ことはある!」

 ずっとハンドルを握り続けていた道中、見知らぬ土地と初対面の人々に関わる日々、ここにきて長旅の疲れに襲われてしまったのだろう。体力や免疫力が低下すれば風邪にもかかりやすくなる。

「やっぱオレも免許を申請しときゃよかった。おまえに任せきりで済まなかったな」

 そう謝ったあと、乱太郎は近くの公園まで運転できるかと訊いた。

「公園に行ってどうするんだ?」

「ビバークするんだよ」

「は?」

「この車の中じゃ、狭くてとても寝られないしな。公園ならトイレもある、風呂さえ我慢すれば何とかなるだろ。今が真冬じゃなくて助かったぜ」

 車の後部座席にある大きな荷物の正体はテントだった。万が一、宿が確保できなかった場合を考えて積み込まれていたようだ。

「あのなぁ、ビバークってのは登山中の緊急野営で、テントすら張れない状態を言うんだぞ」

「そっか。いや、その言葉を一度使ってみたくてさ」

「お気楽なヤツだな」

 とはいえ、この状況は旅中に於ける緊急事態なので、ある意味ビバークと言ってもいい。ほんの百メートル程を運転するのがやっとで、駐車を終えたあとは全て乱太郎に任せる羽目になった。彼は駐車場の空いたスペースに手際よくテントを設営すると、そこに必要な荷物を運び込み、車は幌を操作して鍵をかけた。

 こまめに働く相方をぼんやりと眺めていると、テントに入るよう促された。内部は大人が二人並んで寝られる程度の広さだが、床の部分が思いのほか厚くて想像していた以上に快適だった。

「メシはさっき確保したし……そうだ、薬がどこかにあったぞ」

 照明となるのは懐中電灯のみで、リュックの中を照らしていた乱太郎は小さなポーチを取り出すと、そこに入っていた風邪薬をシスコに差し出した。

「とりあえずこれ飲んでさ、治らなかったら明日の朝イチで医者にかかるしか……」

「フン、そんなにヤワじゃねーよ。一晩たてば治る」

 食事を済ませると薬を飲んで早々に、シュラフに入る。

「寒くないか?」

「大丈夫だ」

「もし寒かったら、オレの上着」

「だから寒くねーって」

 それでもシュラフの上から上着を掛けようとする乱太郎の右手首をつかむと、相手はギクリとした様子で「あ、わりい」と言い訳した。

「余計な世話だったな……え?」

 だが、シスコは手を放そうとはせずに、乱太郎の顔を見上げた。気持ちが昂っているのは熱があるせいなのか。いや、そうじゃない――

 つかんだ手を引っ張ると、体制を崩した乱太郎の身体はシスコの上に乗っかる格好になった。

「おい、何する」

 有無を言わさず唇を奪う。相手が大きく目を見開き、戸惑っているのがわかった。

「……風邪、うつしてやったぜ。これでオレは治るって寸法だ」

「なっ、何言って」

 今度は首に腕を回し、頭を抱き寄せる。さすがの乱太郎も無言になった。

「もう、どこへも行くんじゃねえ。ずっとオレのそばにいろ」

「シス……」

「オレにはてめーが必要だ」

 何て不器用な告白だと、我ながら思う。だが、こんな言葉でしか想いを告げることができない。

「……勝手なこと、言ってら」

 乱太郎は上ずった声で応えた。

「だったら『おまえの顔なんか見たくない』って言うまでまとわりついてやるぜ」

「上等だ」

「そもそもオレはそう簡単に風邪なんてひかないからな」

「なら、もう一回するか?」

「おうよ。うつせるもんならうつしてみろ」

 もう、止められない。二人は何度もキスを交わした。

「……まさか、こんなふうになるなんてな」

「恋人同士なんて言ったおまえのせいだぞ」

「てめーの意思はないのかよ」

「……あるけど」

 強く指を絡める。目の前の照れた表情がぼやけて見えた。

    ◆    ◆    ◆

 首都マドリードでは二人ほど候補を確保することができた。ただし、そのうちの一人はオーナーが移籍を渋っているので、クリスに直接掛け合ってもらうという算段をつけた。ここからは北西に進路をとり、ラ・コルーニャへ向かう。

 久しぶりに見る海辺の景色に、乱太郎は歓声を上げた。

「おーっ、やっぱ海はいいねぇ~。泳ぎたくなっちまうなぁ」

「一人で泳いでこい。そんでもってサメにでも喰われろ」

「サメいるのか?」

「さあ、知らね」

「そうか、こっちは大西洋側か。外洋っつーやつか、地中海とは感じが違うよな。瀬戸内海と太平洋が違うようなもんか」

「何だそれ。スケールが違いすぎだろ」

「おいこら、瀬戸内海バカにすんな。見たことあんのかよ?」

「見なくたって、そんなの地図で確認すりゃわかるだろーが」

「あっ、そうだ。今度日本で大会とか何かあったら、行ってみようぜ、瀬戸内海」

「やなこった」

 またもや始まった丁々発止のやり取りは終わりそうにない。

 出発点かつ終点のバルセロナまであと八百キロあまり。二人の旅はまだまだ続く。

                                〈END〉