今年のクリスマスはシュウバルとシスクミ、二組CPのSSとイラストを……と計画していましたが、SSはシスクミのみに。終了するベイバへの寂寥たる想いを込めたつもりですが、前回の『どうせ気ままにTRIP TRAP』と似たようなノリ尚且つ、勘違いストーリーで、自分の発想の貧困さにガッカリ。じつは飲めるクミチョー、イラストではキャンディと絆創膏は卒業。また、半裸ではあまりに寒々しいので、シスコさんに厚着(笑)をさせました。
black lucian
行きつけのその店は街の中心より少し外れた場所にあった。比較的温暖なバルセロナ地方には珍しく、今朝から時折降る細かな雪が路地にうっすらと積もり、街灯に照らされて青白く光って見える。このままいけば滅多にお目にかかれない、ホワイト・クリスマスというやつになるだろう。
客もまばらな店内の、カウンターの片隅の指定席でジントニックをひとなめしてみたが、どうにも酔えそうにないのは低く流れるジャズすらもクリスマスナンバーのせいか。世間とは切り離されたかのような隠れ家にもお祭り騒ぎの気配が忍び寄っている。
「……お隣、いいかしら?」
カウベルの音が聞こえた直後、傍らに気配を感じたシスコ・カーライルはチラリとそちらを見上げた。
「何ふざけてんだよ」
「おっ、こりゃあ、もしかして逆ナンか? って一瞬期待しただろ」
「してねえよ。誰がするかっての」
「ちぇ。つまんねーヤツだな」
「ドラゴンのアバターみたいな声の女の逆ナンを期待するほど飢えてねーし」
シスコの隣のスツールに腰掛けると、黄山乱太郎は「マスター、オレ、モスコミュールね」とカウンターの中に声を掛けた。
「なんだ、いつものハイボールじゃねえのかよ」
「クリスマスの夜ぐらいシャレた酒にしようかなって。おまえだってそうだろ」
「だったらシャンパンを選ぶんじゃないのか」
「あ、そうか。たしかにそっちの方がクリスマスらしいな。じゃあ、二杯目はそいつで乾杯しようぜ」
「ヘッ、くだらねえ」
BCソル内では例年通り、飲めや歌えのクリスマスパーティーの真っ最中だが、もとより後輩たちに付き合う気はないとエスケイプした。しかし、面倒見のいい乱太郎は毎年、あのバカ騒ぎに参加しているのだ。こんなふうに抜け出してくるのは初めてのことではないのか。
「まさか、おまえまで抜けてくるなんてな。お祭り男のくせに」
「そういつまでもあいつらと一緒になって騒いでらんねーよ。バルトはいつものようにニューヨークへ行っちまったし、フリーはハナから参加する気ねーし、おまえもいないんじゃ、オレだけ残ってバカみてえじゃねえか」
「バカみてえ、じゃなくて、バカだろ」
シスコのおちょくりを聞き流して、乱太郎はモスコミュールを一気飲みした。
「おい、それ、カクテルの飲み方じゃ……」
「早くシャンパンで乾杯したいからよ」
ふっ、と笑みがこぼれ出る。パーティーよりも自分とこの場所で過ごす時間を選んでくれた、それが嬉しいと思ったからだが、もちろん当人にそうと告げて、心の内を晒すような真似はしない。プライドが邪魔をする、それだけではなく言葉にしたらば、言った傍から崩れ落ちてしまう。漠然と抱いていた彼への想いはそんな危うさを孕んでいるからだ。
いつからだろう、入団して最初の大会の時から? いや、出会った時からかもしれない。誰とも深く関わらず孤独に生きることを常としてきた自分にとって、初めて本気で関わった相手。もしも失ったらと想像するだけで胸が潰れる、かけがえのない存在。だから絶対に失いたくはない。絶対に――
淡いトパーズ色のフルートグラスの底から小さな気泡が湧き上がり、ペンダントライトの光を受けて華やかに、優しくきらめく。カチン、と縁を合わせると、乱太郎は嬉しげにこちらを見た。
「メリー・クリスマス!」
「はいはい」
「何だよ、ノリが悪いな」
「そう騒ぐなって」
念願のシャンパンを口にすると、乱太郎は「うひょー、こいつも旨えな。フルーティーってやつだな」と感嘆した。
「それにしてもよ、今年もあと一週間ほどで終わりだけど、一年なんてあっという間だったな。ちょっと前まで暑い暑いって言ってたのに、もう雪が降っているんだぜ」
摺り硝子の向こうはすっかり雪景色だ。街を白く染め抜いてゆく、その光景に目をやりながらグラスを傾ける。ようやく酔いが回ってきたのか、ふわりとした心地に、こんなひと時を二人で過ごせることにささやかな喜びを感じる。
「おい、ぼんやりしやがって。聞いてるのか?」
「うるせえな、聞いてるよ」
「そもそもオレら、BCソルに入団してどれくらい経つんだ、六年? 七年か? 時の流れには逆らえないってわかってるけどさ、年々その流れが加速していく気がするのは齢を取った証拠だな」
「何を言い出すかと思えば。ジジくせえコメントするなよ」
「オレもだけど、おまえもそれだけ老けたんだぜ。同期なんだからさ」
「平均寿命まで五十年以上あるのに、ジジイ扱いされちゃかなわねえけどな」
ふと、乱太郎は遠い目をした。
「オレは世界へ進出したバルトに何とか追いつきたくてこのチームに入ったけど、自分の選択は間違っちゃいなかった、おまえらと出会えて本当に良かったと思ってる。それでも、始まりがあれば、いつかは終わりがくる。こんな状態があと、どれくらい続くのかわからねえけど……」
ベイがある限り、最強ブレーダーを目指す若者がいる限り、BCソルは存続するだろう。だが、今そこにいる者全てがその中に存在し続けるかどうかなんて、誰にもわかるはずもない。一人、もしくは二人三人と、明日にもクラブを去る可能性だってないとは言えないのだ。
「先のことをグダグタ考えてもしょーがねーだろ」
「でもよ」
「そン時はそン時だ」
不安がないと言えば嘘になる。あとから来た者にどれだけ追い越されても、このまま後進の指導を続けるのか、それとも自身のブレーダー人生に見切りをつけて新たな道を探すことになるのか。絶対にこうする、こうなるという確信は何もない。
そんな手探りの未来で如何なる状況になったとしても、最期の瞬間まで傍にいて見届けて欲しいと願うのは身勝手な言い分だ。そうとわかっているけれど――
「……おい、これから先も最期までずっとオレに付き合えよ」
遠回しすぎる告白をして、いくらか照れるシスコに気づく様子もなく、あっという間にシャンパンをも飲み干した乱太郎は「おうよ」と嬉しそうに答えた。
「今夜はオールで飲もうぜ」
「バーカ。そういう意味じゃねえよ、『最期』までって」
「だから『最後』だろ。オールじゃねーか」
「バカにつける薬はねえな」
「なんだと?」
いきり立つ乱太郎をなだめつつ、三杯目を注文する。
「次はブラック・ルシアンで」
〈END〉