こちらも同人時代の二次創作SSですが、リョータに姉がいるという設定のせいで(ザファによって兄と妹がいることが判明、姉はいない)どこにも投稿できなくなった代物のため、ここで供養します。表紙もこの作品用に描いたものですが、せっかくなので前作(Heart Scandal)に利用、昼と夕方の色違いにしてみました。
今日の放課後の部活動は中止、と聞かされたのは先日の全校朝礼でのことだった。ぽっかりと空いてしまったこの時間をどうしようか、思いあぐねた三井寿の足はいつの間にか屋上へと向かっていた。
さっきまでいた教室では、久々に彼と一緒に帰るのを楽しみにしていた堀田がまとわりついていたのだが、そいつを追い払って独りになると、カバンを下げたまま屋上に通じる階段をゆっくりと上り始めた。
練習がないのなら、さっさと帰って勉強でもすればよいものだが、そんな気分にもならない。バスケから遠ざかっていた二年余りの間、自分はいったい何をやって過ごしていたのだろう。時の経つのがこんなに遅く感じられるなんて……
少し西に傾いた太陽の光はまだまだ眩しく、日陰を選んで腰を下ろすと、初夏の爽やかな風が頬を撫でる。髪をかき上げようとして、風に揺れていたはずの、その長い髪がないのに気づくと、不思議な思いにとらわれた。
「そうだ、切ったんだっけ」
あの事件がつい昨日のことのように、それでいてずいぶん昔のようにも思える。取り返しのつかないことをした、もう戻れないと思っていたバスケ部へ復帰し、かつての仲間は彼を受け入れてくれた、そして後輩たちも……
「宮城……」
生意気な面影がよぎる。彼らの中でも、宮城リョータにはもっとも酷い態度をとったのだ。木暮たちは許してくれても、リョータだけには許してもらえないだろうと覚悟していた。練習が開始されても、初めのうちはリョータを避けるようにしていたのも事実である。ところが当のリョータは昔のことなどきれいさっぱり忘れたかのように、あっけらかんとした態度で話しかけてきた。そんな様子に引き込まれるようにして、いつしか彼とは冗談を言い合う仲になった。目の敵にしていた相手が「もっとも気の合うチームメイト」になるとは皮肉なものである。
「あいつの方がオレなんかよりずっと大人だもんな」
三井は満足げに独り言ちた。と、階下からピアノの音が聞こえることに気づいて耳を澄ませた。屋上のすぐ下の階には特別教室が並んでいるから、誰かが音楽室のピアノを弾いているに違いない。
「変だな、部活動禁止だろ。音楽室だって使っちゃマズイだろうが」
気になって階段を降りると、そちらへと向かう。曲目が聞き覚えのあるナンバーに代わった。これは、そうだ。サザンの……
「しゃらくせえな。ンなもの弾きやがって」
なかなかの腕前だが、いったい誰が弾いているのか。廊下から教室内を覗いてみたが、奏者の姿は拝めない。まさか中へ入っていくわけにもいかずにゴソゴソしていると、演奏がピタリと止んだ。
「やべぇ、見つかったかな」
足音を忍ばせて戻ろうとする彼の背後から思いもよらない、それでいて馴染みのある声がした。
「三井サンでしょ、入ってくれば?」
ゲッ、この声は……宮城?!
なんでオレだとわかったんだろうと思いつつも、相手がリョータだと知っていくらか安心した三井はわざと大きな音を立てて扉を開け、ズボンのポケットに両手を突っ込んだポーズでリョータの脇に立った。
「何やってんだよ」
リョータはちらりと三井を見上げると、いたずらっぽい笑いを浮かべた。
「ウチ、アネキいるんスけどね、幼稚園の時にピアノ習い始めて、それ見てたオレも習いたいって親にせがんだんですよ。なんだかんだ言っても中三の受験前までやってたのかな」
「へえ。らしくねえ趣味だな」
「バイエルだのソナチネだのっていう練習曲はつまんねえけど、こうやってポップスなんかが弾けるのは楽しいっスよ」
「おまえが上手いのは認めるけど、勝手に弾いていいのか? 部活も休みだし、とっとと帰れってことだろ」
このだだっ広い教室に二人きり、もしかしたら他に残っている生徒はいないのではないか。少々不安になって訊ねると、
「これ、なーんだ?」
リョータが目の前に突き出してきたのは鍵の束だった。
「ウチのクラスの副担任知ってます? 音楽の木下ですよ。オレ、日直で戸締り頼まれてんの」
「そういうことか。だけど、ここでちんたらしていたら見回りに来るんじゃないのか」
「三井さん、不良やってたわりに気が小さいですね。まだ大丈夫ですよ」
「ふん、脳天気なヤツだぜ」
唇を尖らせた三井が回れ右をすると、リョータは「帰るんですか」と訊いた。
「おまえと違って、オレはそう暇人じゃないからな」
「屋上で暇潰していたくせに」
「なんで知ってんだよ?」
「三井サンのことなら何もかもお見通しですよ」
実のところ、リョータが屋上に向かう三井の後ろ姿を目撃していたとは知る由もない。
「お見通しって……」
「それじゃあ、帰る前にもう一曲聴いてくれませんか? 三井さんに捧げる曲」
何をふざけてんだと言いかけて、三井は黙ってしまった。リョータの指が華麗に動いて、優しいメロディを奏で始めたからである。
「いとしのエリー?」
教室の窓から差し込んだ夕陽がバラードを歌い上げるリョータの横顔を黄昏色に染める。今時、女を口説くにもこんなクサイことをやるやつはいない。なのに、どうしてだろう、目も耳も、身体のすべてが釘付けになっていた。
「……かなりクサかったな~。でもこれくらいやんなきゃ、ライバルに差がつけられませんしね」
「ライバル?」
「わかんなきゃいいんですよ。その方がオレに有利」
「何の話だよ」
「だから……」
リョータは腕を伸ばして三井の顔を引き寄せると、軽くキスをした。
「三井さんは・オレを・好きになる」
END