例年ベイバのクリスマスネタの何かをUPするという目標を掲げてきましたが、昨年は頓挫してしまい、今年はリベンジしようとSSを完成させました。一昨年のシュウバルSSの続編というより「あの時の出来事と並行していた」物語です。
ある年のクリスマスの出来事を前回はシュウの視点で、今回はフリーの視点で描くという試みで、シュウがニューヨークであーだこーだやっている間、スペインではどういう状況だったか……というもの。ストーリーの骨格がある程度出来ている内容なのでやりやすかったです。そのまま取り掛かってもOKですが、できれば前作を読んでからの方がよりわかりやすいかもしれません。
ちなみにシュウバル、フリバルに加えてシスクミというCPが前提です。ベイバの二次創作小説で主人公(語り手)をフリーにするというのは初めてであり「フリーらしさ」が上手く表現できたかどうか自信はないのですが、そのあたりは何とぞ御容赦ください。

凍てつく太陽 ー続・君と紡ぐ日ー
十二月二十四日、言わずと知れたクリスマスイヴ。BCソル恒例のクリスマスパーティー準備のため、会場となる食堂は早朝から大騒ぎだった。
大きなモミの木を部屋の真ん中に持ち込んで飾りつけをする者、テーブルや椅子を並び替えてセッティングする者、食材を買い出しに行く者に料理の下ごしらえを手伝う者、皆があたふたと駆け回る中、オレは窓際の席でぼんやりと外を眺めていた。
窓の向こうではチラチラと雪が降り始めている。今年は例年に比べてかなり寒い冬だと長期予報で言っていたけれど、予想通りになってしまったようだ。タンクトップ姿が定番のオレもこの寒さではセーターなんぞを着るしかない。テーブルの上にはホットココア。ゆったりとくつろぐオレを見て、黄山乱太郎が声をかけてきた。
「おーい、暇ならちょっと手を貸して……」
ジロリ、とそちらを見やると、黄山は慌てた様子で言葉を引っ込めた。
「あ、やっぱいいわ」
「そう」
すると、黄山の隣にいたシスコ・カーライルが嫌味たっぷりな口調で「何遠慮してんだよ」と言い放った。
「てめえもだ、フリー。一人でのんびりしてんじゃねーよ。ちったぁ働けってんだ」
「別にクリスマスを楽しむつもりはないから、準備に手を貸す気もない。それでいいだろ」
「ったく、てめえってヤツはよ」
肩をすくめるシスコの背後からふいに、蒼井バルトがひょっこりと顔を覗かせたが、その様子は雲の切れ間から現れた太陽のように思えた。
「クミチョー、何か手伝うことがあるなら言ってよ」
「何だ、バルト。向こうはもういいのか?」
「うん。だいたい片づいたから、あとはキットが一人でやるって。オレ、初めてだから要領がわかんなくてさ。足引っ張ってたのかも」
「だろうな」
容赦ないシスコのツッコミを気にする様子もないバルトはオレと目が合うとニッコリ笑った。いつにも増して眩しい笑顔だ。
「あれ、セーター着てるの? フリーがそういう格好してるのって珍しいな」
「今年は寒いから」
気のない素振りで答えたものの、とたんにアドレナリンの分泌が増えたように感じる。こんな自身の変化を相手に気取られるなど、まずないだろうが、それでもオレは顔を窓の方へと戻すふりをして、目の端でバルトを追い続けた。
「そうだよなあ、今年はいつもよりめっちゃ寒いよな。オレも去年は着なかった上着、引っ張り出してきたよ」
そう言って、バルトは臙脂色のダッフルコートの袖を振ってみせたが、去年の彼の姿なんて覚えていない。そもそもキミは去年のクリスマス、この場所にいなかったじゃないか。去年だけじゃない、一昨年も、その前もだ。指先が小刻みに震えてきた。
例年、自室に引き籠っていたオレが今回に限って食堂にいるのは今年のクリスマスパーティーにバルトが参加すると聞いたからだ。パーティーなんてどうでもよかったけれど、その空間に彼がいるといないとでは大違いだ。
オレの心の声が聞こえたわけでもないのに、
「それで、今年は彼氏のところへ行かなくてもよかったのかよ」
と、シスコがからかい気味に訊いた。
「カレシ?」
「おい、ボケかますんじゃねーよ。ニューヨークで待ってんじゃねーのか」
「ああ、何か用事が入ったって言ってた」
彼氏と呼ばれる存在が「紅シュウ」であると誰もが承知している、そのことにまたしても苛立ちが募る。オレより数年早くバルトと出会っただけで、そうと呼ばれる立場にいるあいつが——会話に黄山が割って入った。
「用事って何だよ?」
「クリスマス連休の間にしかブルズへ来られない新人の相手をしなきゃならないんだって」
「はあ? なんだそいつ、ナメてんのか。人の休み潰しやがって、迷惑な野郎だな。そんなの入団させんなよって、オレなら文句言ってやるけど」
我が事のようにいきり立つシスコを宥める黄山、
「まあまあ、そういうこともあるだろうよ。シュウの立場なら断れないだろうしな」
「そうなんだ。問題児だったレーンの面倒を見て、更生させたってのが評価されて、教育担当の責任者になったらしいし」
「あいつも大変だな」
せっかくのクリスマス休暇に「彼氏」と会えなくなったわりには、バルトはあっけらかんとしていた。内心はどう思っているのかはわからないが、深く落ち込んだり悩んだりしないところが蒼井バルトという人物の良さだと思っている。ただ、もっと近くで見守ってやれる立場にある者の方が彼にとって幸せなのではないか。太陽が曇らず輝き続けられるに越したことはない。
そこへ、キット・ロペスがあたふたと駆けてきた。
「アニキー、バルトのアニキー、スマホ持ってたら見て!」
「えっ、スマホって」
「今、事務所の外線に日本から……常夏から連絡があってさ。三日ぐらい前からケータイ繋がらないけど、どうなってるって訊かれたんだ」
慌ててスマホをポケットから取り出すバルト、
「やべっ、どうしよう? 電源入らない」
充電が足りないわけではなく、どうやら故障か何かで通信不能になっているらしい。この事態にシスコも黄山も呆れた様子で、
「やれやれ、そりゃあ繋がらないわけだ。ショップも休みだし、詰みだな」
「だから、一日一回はチェックしとけって、あれほど言ったのに。おまえのことだから、ずっとほったらかしだったんだろ。とりあえず外線使って連絡取れよ」
大騒ぎしながら彼らがその場を去ると、そこだけぽっかりと穴が開いたかのように静かになってしまった。オレは小さく溜め息をついて、ぬるくなったココアを飲んだ。
◆ ◆ ◆
バルトは行ってしまったし、ここにいても退屈なだけだし、部屋へ戻ってトレーニングでもしようかと考えていると、今しがた入室したクリスがこちらに近づいてきた。
「あなたがパーティーに参加する気になるなんて珍しいわね」
「いや、もう戻るから」
「また、そんなことを……せっかくの機会なんだからみんなと」
そこまで言いかけて、クリスは口をつぐんだ。「クリス!」と大声で呼びかけながらサーシャが走り寄ってきたからだ。
「どうかしたの?」
「あっちのストーブが壊れたみたい、全然火が点かないのよ」
BCソルの建物の中でもこの食堂は床面積が二番目に広い。冬場は二台あるガスストーブが室内を温めているが、そのうちの一台が点火しないと、サーシャは訴えてきたのだ。
「ああ、あれ。昨夜から調子が悪かったけど、とうとうダメになっちゃったのね」
「どうするの? これだけ寒いと、一台じゃ無理よ。昼間はよくても夜はもっと冷え込むし。今から修理をお願いする?」
「業者さんも今日からクリスマス休暇でしょう、さすがに無理だわ」
燃料にガスを使っている以上、素人がどうこうできる代物ではない。
「じゃあ今夜は……」
寒さに震えながらのパーティーか。ならばそんな茶番、さっさとお開きにすればいいと言いかけて、オレは違う言葉を口にした。
「倉庫に古いストーブがあったと思ったけど」
ハッと気づいた表情のクリスは「そうよ、忘れていたわ」と言った。
「ガスストーブに買い替えた時に引退させた年代物だけど、まだ使えるはずよ。取りに行きましょう、フリーも手伝って」
「えっ、オレが」
「女子二人に力仕事を任せる気?」
オレはクリスとサーシャに引きずられるようにして、屋外の倉庫へと向かった。
◆ ◆ ◆
厚く埃を被ったまま倉庫の隅に放置されていたストーブだが、幸いなことに手入れをすれば使えるようだ。近所のガソリンスタンドは休み返上で開店しているので、燃料となる灯油も手に入るだろう。
倉庫から出して埃を祓い、掃除を始めたオレたちの傍らを通りかかったのは電話の件が落着したらしいバルトだが、ストーブの燃料を薪だと勘違いしたらしく、
「じゃあ、オレ、薪取ってくる!」
と言うが早いか、裏の森の方向へと走り出してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってバルト!」
「あーあ、行っちゃった。早とちりなんだから、もう」
呆れ返るクリスたち、
「薪ストーブには煙突が必要だから、こんなにコンパクトなはずないじゃない。だいたい、雪で湿っちゃった木なんて薪には使えないのに……」
「フリー、バルトを探して、連れ戻してきてよ」
二人に言われるまでもなく、すぐに連れ帰りたかった。よく知った場所ではあるし、迷子になることはないだろうが、積雪の多いところがあるかもしれず気掛かりだ。だが、そんなふうにバルトを心配していると思われるのもきまりが悪い。オレはわざと気のない様子で応えた。
「めんどくさいなぁ、ほっておけばそのうち帰ってくるよ」
「そう? 大丈夫かしらね」
ストーブを食堂に運び入れたところで、館内放送が始まった。
『お知らせします。監視カメラが不審な人物をとらえましたので、黄山乱太郎さんとシスコ・カーライルさんは至急正門前へ向かってください。繰り返します……』
「不審な人物だって?」
オレたちは顔を見合わせた。休暇中は試合のオファーも入団希望者の受付も行なっていないのは周知のはずだ。家族の面会等はだいたいアポありだし、ぶっつけ本番の訪問者など殆どいない。
とにかく、相手がどんな人物かわからない以上、こちら側の人間の「見た目で脅しをかける」という、先制攻撃ともいえる作戦を決行するほかない。よって、共に長身でルックスに迫力があり、腕っぷしも強い二人が派遣されたのだろう。ギャアギャア騒ぎながら歩く黄山たちの後ろ姿が窓越しに見える。
「あの二人、『オレたちゃ用心棒かよ』って文句言ってそう」
そう言って、サーシャがくすりと笑う。
「まあ、変な人じゃないといいのだけど……バルトも心配ね。やっぱり探しに行った方が」
「わかったよ」
タイミングよく現れた「不審な人物の存在」を正当な理由として、オレはバルトを呼びに行く任務を引き受けた。
◆ ◆ ◆
BCソルの敷地内に広がる、庭園と呼ぶには広すぎるその場所は針葉樹だけでなく広葉樹も多数繁茂しており、まさに森林の様相だ。普段からこの一帯をトレーニングの場としているオレにとっては目をつぶっていても目的地へ行ける、と言いたいところだが、白い雪が積もっただけで景色は一変する。バルトの居所など簡単にわかる、とは考えない方がいいけれど、それでもそう奥まで入り込んではいないだろう。
オレは注意深く辺りを見回しながらゆっくりと進み始めたが、想像していた以上に積雪が深くブーツが沈み込むため、雪の抵抗に遭うといった感じで歩きにくい。ここまで積もるのは入団以来初めてじゃないか、少なくともオレの記憶にはない。
そうだ、雪のない例年はクリスマス直前まで奥のスタジアムを使用していたんだった。そんな「寒稽古」というか「修行」のようなトレーニングなんて、誰もやらないからずっと一人でベイを回していたけど、バルトが入団してからは彼が付き合ってくれた。雪こそ降っていないが、マイナスに近い気温の中でも文句ひとつ言わずに笑って相手をしてくれた。
バルトがBCソルに、この場所に現れてから、オレの生活は変わった。彼と一緒にいると、オレだけの太陽に照らされている、そんな気分になった。何かのはずみに太陽がなくなるなんてこと、想像もつかないし考えたくもない。
すると、この森では馴染みの存在である牡鹿がふいに姿を現した。
「やあ、そこに居たんだ」
オレがいつもの調子で話しかけると、鹿は何かを訴えかけるような表情をしたが、すぐにくるりと後ろを向いて去って行った。
「どうしたんだろう」
鹿が来た方を見ると、白い木立の合間に臙脂色のものがチラリと動いた。あれはバルトの上着の色だ、間違いない。そちらへ近づこうとするものの、歩くスピードが上がるはずもなく相変わらずで、その間に臙脂色を見失わないよう何度か視線を向けていると突然、別の色が目に映った。濃いグレーのコート、だろうか。黒のパンツに赤のマフラー、白い頭髪。
そうか、そういうことか。全てが線で結ばれた。オレは一旦足を止めると、大きく深呼吸をした。冷たい空気を肺に満たし終えてから、来た道を引き返す。
顔を上げた遥か先、薄曇りの空の中で太陽が凍りついたかに見える。凍った太陽をこの手で溶かすなんて大それたことを望んではいけない——今は未だ——
〈END〉