前回のイベント参加時に「次の機会で本編の小説Ver.を披露する」と宣言した本作ですが、とりあえず何とか完成したので公開致します。轟木一がトート王国の王位に就く前後の出来事で、二人の心情を交互に描くようにしました。年上(或いは同級生)ライバル(攻)が年下主人公(受)に激重感情を抱くパターンが多いコロコロで、まさかの年上誘い受がくるとは。なお、18禁にする予定だったんですが、ここでは該当シーンの記述はなしで、後ほど18禁Ver.をpixivとポイピクに投稿する予定です。
※18禁Ver.の投稿が完了しました(11/3)。pixiv・ポイピクで御覧ください。

◆ ◆ ◆
選手控え室のドアを開けると、緊張から解放されたせいか、くつろいだ様子でソファに腰掛けていた轟木一が気配に反応してこちらを見た。試合の熱気と興奮、わだかまりと和解、それらを少しずつ引き摺っている二人の間にぎこちない雰囲気が漂う。
次第に動悸が激しくなるのを隠して平静を装いつつ、シグマはゆっくりとカズの向かい側に座った。気持ちを落ち着けようと深呼吸をすると、テーブルの隅に置かれたカップからベルガモットがほのかに香る。
「……カズ、ちょっといい?」
「え? あ、うん」
カズは些か落ち着かない素振りで返事をした。それはそうだろう、お互いに譲れないバトルをした、さっきの今だ。それでも、このタイミングを逃すわけにはいかない。ここで伝えなければ後悔が残るとわかりきっている。
「試合中はその……いろいろと……本当にごめん」
カズは小さく手を振り、気にしていないのポーズをとった。
「さっきも言ったけど、本心じゃないことくらいわかってるって」
「それはそうだけど……ああやって、自分で自分をけしかけないと、キミと真剣勝負なんて出来そうになかったし」
やや俯いて想いを吐露するシグマ、その様子をいたわるように見つめていたカズは静かに答えた。
「シグマが本気を見せてくれたから、ボクもそれに全力で応えるべきだって思ったよ」
「それはよくわかったし、ああいう結果になって当然だった。だから、キミのことを嫌いだなんてこれっぽっちも思ってないし、どっちかっていうと、その」
フライングしそうな言葉を慌てて飲み込む。急いては事を仕損じる、というやつだ。
「それで、ボクの国のやり方でキミに感謝を表したいんだけど」
「感謝……されるようなことしたかな」
「したさ。ボクにとっては大いにね」
シグマはこれまで黙していた、自国における自分の扱い——アンカ王国の第六王子という身分——について語った。人々が想像する「王子」のイメージとはかけ離れた、過酷な仕打ちに耐える日々、そんな中、トート王国でロジカル真王の大会が開催されると知り、一縷の望みを賭けて応募したこと……その間、カズは一言も口を挟まずに黙って聞いていた。
「この大会に参加したのは自由になりたかったからなんだ。王になるなんてどうでもよかった。でも……」
カズという友を得て心が自由になったのだと、シグマは告げた。それから、相手の右手を両手で挟むと、両の親指を自分の額に当てて目を閉じ、囁くように言った。
「初めての友達になってくれてありがとう」
これがアンカ王国における感謝の表明の仕方なのかと、戸惑った様子のカズだが、されるがままになっている。己の願いを込めるチャンスだ。
『この者に大いなる栄光を』
『この者に大いなる幸福を』
『この者の全てを我に』
あとに続く呪文のような文言は聞き取れなかったらしい。「何て言ったの?」と問われて、シグマはふっと微笑んだ。
「キミが真の王になれるようにって。明日の十九五戦も絶対に勝ってね」
「もちろん。みんなの想いと一緒に戦うよ」
すると、何を思ったか、カズは左手をシグマの手の上に重ねて指先に力を込めた。それから、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。どんな時も冷静沈着で、自分の感情を表に出すことは滅多にない彼の、いつになく強い眼差しに戸惑う。
「シグマ……ボクは」
何だろう、何を言おうとしているのだろう。相手の思いがけない反応に心拍数が上がってきた。もしかしてこれはこちらが期待していた以上の展開なのか?
「……どうかした?」
だが、シグマの期待とは裏腹に、カズは「いや、何でもない」と言って、これまでの反応を否定するかのように目を伏せた。その様子に、些か肩透かしを食らった気分になる。
そこへ乱暴に扉が開いて、四方田四希がズカズカと入ってきた。
「おーい、そろそろ夕食だって……って何やってんの?」
男同士がテーブルを挟んで向かい合い、手を握り合っているのだ。慌てて言い訳をしようとすると、
「何かの儀式? 勝つためのおまじないとか?」
「う、うん。まあ、そんなところ」
四希が鈍感で助かったと思わずにはいられないシグマだった。
◇ ◇ ◇
準決勝戦で十九五京を、決勝戦でラハブを下したカズは己の利己的な企みのために裏で糸を引いていたチ王をも破り、トート王国の国王の座に就いた。もっとも、当初の目的は妹の病気の治療費の工面であり、国王という地位が欲しかったわけではない。目的が果たされれば王の座は誰かに譲ればいいとも思っていたのだが、王宮に勤める人々からの猛反対に遭った。とにかく国王になってくれの一点張りだったのである。チ王によるこれまでの絶対王政に不満があった彼らはようやく得た最高の王を逃したくなかったのだ。
ならば、とりあえずは王になって、ゆくゆくは王制から民主制に変えていこう、そこまでお膳立てをしたら日本に帰れるだろう。そう考えたカズは妹の一件を父に託し、長年の監禁生活から崩していた体調が整ったところで、一足先に日本へ戻ってもらうことにした。手術は一刻を争うのだ、少しでも早い方がいい。その折に四方田も同じ飛行機で帰ったのだが、時を同じくしてラハブたち大会の参加者もそれそれの母国へと戻ることになり、残ったのはシグマ一人だけだった。
「カズの戴冠式を見届けないとね」
そう言って頷くシグマ、そんな彼の存在に、どんなに助けられたかわからない。ここが生まれ育った国ではないのだ、余所者の国王にとって、同じく余所者の仲間が傍にいることは心強いものだったし、彼からの励ましがこの地で頑張っていこうと思える原動力にもなっている。もっとも、シグマの存在理由は「それだけ」ではないと、カズは自身の想いを自覚しつつも言葉に出すことは慎んでいた。
「国王様、準備が整いましたのでお出まし願います」
「わかりました」
戴冠式そのものは王宮に近い場所に建てられた、由緒ある寺院で行なわれた。用意された燕尾服の上にローブをまとうと、日本人であってもそれらしく見えるし、何よりカズの上品な美貌はやんごとなき身分に相応しかった。
式のあとは宮殿に戻り、新国王を国民にお披露目する儀式が執り行われる。三階の半円形のバルコニーに出て、下方の広場に集まった民衆の前で挨拶すると「新国王陛下万歳!」の声があちらこちらから聞こえてきた。
「この国の平和をどうかお守りください」
「豊かで幸せな日々を頼みます」
王位に就いた者らしく、人々の願いや祈りに頷きながらにこやかに右手を振る——傍目からは落ち着いて見えるだろうが、じつはかなり緊張しているのを自覚する。下ろした左手の掌がびっしょりと汗をかいているのが何よりの証だ。
すると、何者かがカズの傍らに寄ってきた。隣に立ったのはシグマで、思わずそちらを見ると、彼はうっすらと微笑んでいた。
「調子はどう?」
そう言葉をかけると、励ますつもりなのか何なのか、シグマは右手でカズの汗まみれの左手を握りしめてきた。
「……ごめん、手汗凄いだろ?」
「そうだね。カズでも緊張するんだって、ちょっと安心したよ」
握った手を放すどころか、ますます強く握ると、シグマ自身も空いた左手を振り始めた。母国では王族なだけあって、余裕と貫禄が感じられる対応に、この状況で物怖じしないなんて、さすが王子だ、羨ましいと思ったカズだが、ふと、今の自分たちは王と王妃のように見えるのではと気づくと、考え過ぎだと否定しつつも一気に血が上った。
「どうしたの? 顔、赤いけど大丈夫? 朝からずっと頑張ってるんだろ、少し休憩させてもらったらどうかな」
「い、いや、平気だから。このローブ、ちょっと暑いかなってだけで」
「就任初日から無理は禁物だよ、国王様」
そのとおり、面倒な儀式などさっさと終了して欲しい。でも、この状態は終わって欲しくない——ずっと手を繋いでいたい。シグマと繋がっていたい。
熱い想いがこみ上げてくる。感情の昂りを抑えるために、カズは大きく息をついたが、なかなか鎮まる気配もなく焦る。
ボクの気持ちは何処へ行くのだろう。これからどうすればいいのだろう。誰よりも優れたロジカルな思考によって国王にまで昇りつめても、それは人の感情には通用しないし、どうにも答を出せそうにはない。だから今はただ、この叶わぬ想いを黙殺するしか——ない。
◆ ◆ ◆
軽くノックをすると、中から「どうぞ」という声が返ってきた。国王への「お目通り」は存外に簡単だと思いつつ、シグマは重厚な扉を力いっぱい引いた。
「国王陛下、お寛ぎ中のところ、誠に申し訳ございませんが」
「何だよ、変に改まって」
国王の自室は謁見の間などにも引けを取らない豪奢な造りで、天井にはレリーフの装飾が施されており、調度品は金と上品な紫色で統一されている。間取りは手前に居間、奥が天蓋付きベッドのある寝室と二間続きで、専用の風呂とトイレもついていた。
この日の案件を全て終えたカズは入浴を済ませたあとらしくバスローブ姿で、居間の三人掛けソファの真ん中に座りコーヒーを飲んでいるところだった。中へと進んだシグマはカズと対面するように、テーブルを挟んだ位置のソファに腰を下ろした。
「今日もお仕事御苦労様。国王に就任してどれくらい……半月は経ったのかな」
「そうだね、戴冠式から二十日くらいじゃないかな。あっという間だったけど、この忙しさは当分続くだろうし、やり甲斐があるのはいいが、ちょっとばかり気が重いよ」
「改革は始まったばかりだもの、そう思うのは仕方ないさ」
そこで居住まいを正したシグマは「こんな時に気が引けるんだけど……」と言いかけて語尾を濁した。
「何かあったの?」
途端に、不安そうな表情になるカズを前に告げるのは辛いものがある。が、ずっと黙っているわけにはいかない。
「国へ帰ることになったんだ」
「えっ、国って……アンカ王国?」
うん、とシグマは頷いた。
「ロジカル真王の大会では負けたけど、新国王の手助けをする役目に就いたからこっちに残る、と説明はしておいたし、戻らなくても大丈夫だと思ってた。それが、どうしても一度帰ってこいって言われて……『大会に参加するから』って言って、何もかもほったらかしで出てきたのもあるし」
「そう……なんだ」
俯き加減になり、すっかり気落ちした様子のカズにチラチラと視線を送りつつ、シグマは続けた。
「大変な時に、力になれなくてごめん。なるべく早く戻るから」
とは言え、簡単に行き来できる距離ではないし、帰ってすぐまた出て来られる保証はないことも承知している。つまり、「暫しの別れ」とはどれぐらいの期間なのか、見当がつかないし、それはカズも理解しているだろう。力なく微笑む姿に、胸が痛む。
「ボクのことは心配しなくていいよ。王宮の人たちも頑張ってくれているし、王様稼業は何とかなる。そっちも道中気をつけて」
「ありがとう」
黙り込んでしまった二人の間に気まずい沈黙が漂う。カズはコーヒーカップを口元に運び、シグマは持参したボトルの紅茶で唇を湿した。ここからが正念場だ。
「それで、お願いがあるんだけど」
お願いとは何事かと向けられた視線に、かっきりと目を合わす。
「今夜一晩、一緒に居てくれないかな」
不思議そうに瞬きするカズの表情を見て、シグマはこいつ、わかっていないなと苦笑いをした。どんなに頭脳明晰でもそういう方面はまだまだ青臭いところがあるのは致し方ない。が、脈はあると感じたし、今夜がラストチャンスなのだ。
「一晩中、ロジカル真王で対決するってんじゃないよ」
「まさか、そんなことだは考えてないよ。でも、じゃあ」
さあ、直球勝負だ。正面に腕を伸ばして、戸惑う様子のカズの手を握りしめる。
「これはあの感謝の儀式……じゃなさそうだね」
「感謝しているよ。キミに出会えたこと」
「シグマ……」
「カズ、愛してる」
彼にははっきりと伝えた方がいいと考えて、ストレートに告白をぶつけると、ハッとした表情になったカズの目が次第に潤んできた。その様子に、この想いは受け入れてもらえていると確信すると、テンションが上がってくる。
「キミと出会って、大会の間ずっと一緒に過ごして、キミのことを大切な友達だと思えるようになった。初めて出来た友達だもの、とても嬉しかった」
カズに対して抱いた感情は友情と呼ぶものだと疑いもしなかった。ところが、ある男の登場がシグマの心を揺さぶった。
「十九五京だよ。彼との因縁を聞いたのがきっかけだった」
「京……? ああ、負けたくない相手とか何とかって話したっけ」
「キミにそこまで言わせるなんて、どんなヤツだろうと考えたら、気持ちがざわついて落ち着かなくなった」
その後、大会に遅れて参加してきた十九五とカズとのやりとりを見るにつけ、もしかしたらカズは十九五を好きなのではと、勘繰るようになった。一方の十九五もカズに並々ならぬ関心を寄せているように見えた。
「キミの心を捉えているのは十九五なんじゃないか。そんなふうに想像したら何だか辛くて無性に悲しくて……あの頃はかなり無理していたっけ。辛いってことはつまり、キミと十九五の関係に嫉妬しているからだ。そこでキミを恋愛の対象として見ている自分に気づいたんだ」
大きく目を見開いたカズは「まさか……」と絶句した。
「京の存在がキミをそこまで追いつめていたなんて」
シグマは慌てて取り繕うように言った。
「そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいよ。だって、キミ、十九五が帰っても別れを惜しむわけでも寂しそうにするでもなく、平然としていたじゃないか。だから彼との関係は自分の勘違いだってわかってホッとして」
もっとも、十九五の方はカズに「激重感情」を抱いているとわかっていた。同じ相手を好きになったからこそ、彼の気持ちはひしひしと伝わってきたが、カズ自身には絶対に教えてなるものかと心に誓った。敵に塩を送るなんてまっぴらごめんだ。
「ともかく、そういうことならボクにもチャ……ああ、ボクは何を言おうとしているんだろう、完全に取り乱しているよ、すまない」
「いいんだ……ボクもだ。キミが大会後も一緒にいてくれるだけで嬉しくて」
そこまで言いかけて、カズは口ごもった。
「それだけ? 好きとか愛してるじゃなくて?」
からかうように問いかけるが、照れているのか何なのか、聞きたい言葉は返ってこない。こうなったら行動あるのみ。立ち上がったシグマはカズの隣に移ると顔を近づけた。
「キスしていい?」
返事の代わりに目を閉じる。二人はゆっくりと唇を寄せ、重ね合った。
「コーヒーの味がする。紅茶は負けちゃうな」
「何の勝負だよ」
照れくさそうな顔をしながらもツッコミを入れるカズ、何度となくキスを交わして気分が盛り上がってきたところで、シグマは「奥に行こうか」と告げ、その言葉にカズは無言で頷いた。
王室の扉に内鍵をかけ、照明を落とす。寝室のフットライトだけが小さく灯っていた。
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◇ ◇ ◇
ベッドのレースカーテン越しに差し込む薄日が瞼を撫でて目覚めを促してくる。うっすらと目を開けたカズは傍らで眠っていた人の姿がないことに気づいた。
「シグマ……?」
慌てて上半身を起こすと辺りを見回すが、愛しい人は見当たらない。風呂もしくはトイレに入っているのかと、バスローブをひっかけてそちらに向かったが、彼の姿はどこにもなかった。
もしかして、もう行ってしまったのだろうか? 何も告げずにそのまま……昨夜の余韻を残しつつも、ただでさえ広いキングサイズのベッドは余計に広々として孤独を煽る。砂漠の真ん中にポツンと取り残されたような気分になって、カズは唇をかみしめた。
黙って行くなんて、と恨めしく思う反面、シグマの心情は察しがついた。顔を見れば、言葉を交わせば行きづらくなる。何も言わずに立ち去る方がまだマシだ。
大きく溜め息をついたあと、ふと、サイドテーブルの上を見る。そこにはシグマの胸元でいつも光っていた金色の首飾りが置かれていた。アンカの王族の装飾品であろう大切な品のはずだ、うっかり忘れていくとは思えない。
「そうか。ボクのためにこれを」
絶対にここへ戻ってくる。決意の証として、彼は首飾りをカズに託したのだ。
「待ってるよ、シグマ」
今日もまた、国王としての一日が始まる。
〈END〉