DOUJIN SPIRITS

二次創作イラスト・マンガ・小説を公開するブログです

ベイバ 君と紡ぐ日

 昨年のクリスマスは「シュウバルとシスクミ、二組CPのSSとイラストを仕上げる」と計画しておきながら、SSはシスクミのみになったため、今年こそはとシュウバルのSSに着手しました。シスクミも描きたかったんだけど、ちょっと間に合わないかな。気力が続けばクリスマス以降でもUPしますが、無理だったら来年まで保留か(気の長い話)。

 

 君と紡ぐ日

「バルト、ゴメン。じつは……」

 ようやく発したその言葉に、受話器の向こうの陽気な語りがピタリと止まる。一人きりの部屋はとたんに、静寂に包まれた。夜景の彼方からの不穏なサイレンが微かに聞こえてくるほどに。

「……そっか。シュウも大変だな」

 オレがいるアメリカも、バルトが住むヨーロッパ・スペインも、クリスマス休暇は当然の権利として与えられるし、状況によってはそのまま年末年始の休みに突入する場合もある。この御褒美連休を利用して、バルトがオレのところへ遊びに来るのが例年の習わしになっていたのだが、今年は様子が違った。

 所属するニューヨークブルズに於いてここ数年、オレ自身はブレーダーとしてバトルするより後進の指導にあたることが多くなった。あのレーン・ヴァルハラを更生させた人物だと、知名度が上がったせいもある。よって、実力はあるが素行に問題を抱えた新人ブレーダー育成の話が次々に舞い込むようになったのだ。

 今回もそうだった。クリスマス連休の間にしかブルズへ来られない、というその新人のために、オレは休暇を返上して彼を待ち受ける羽目になった。当然ながら、バルトに来てもらうわけにはいかない。恋人との逢瀬を理由に断るといった、プライベートを優先できる性格ではない。

「ああ、オレのことは気にしなくていいよ。BCソルの連中がクリスマスパーティーだか何だか、とにかく、イベント企画してるみたいだしさ。毎年やってるんだって。クミチョーたちもいるし、退屈しないと思うから」

 オレの心情を慮ってか、バルトはそう言ったが、それらの言葉は却って別の感情を生み出していた。

 ニューヨークに行きたい、会えなくて寂しい、とでも言ってもらいたかったのか。そんな新人の約束なんて断ればいいのにと、けしかけて欲しかったのでは。こちらから断りを入れたのに、一緒に過ごす機会を自ら潰したくせに、自分勝手な思いが、我儘な願いが交差する。

「それでさ、正月はどうなるの?」

「さあ……今のところは何とも言えないけど」

「そう、決まったらまた連絡くれよ。それじゃあ、風邪ひかないようにな」

 スマホをオフにすると、肩の力がガックリと抜けた。赤と金と緑に彩られる華やかなこの季節、誰もが浮足立って幸せを享受しているように見える。そんな時に、バルトが隣にいなければ独りの侘しさが増すだけだとわかっている。

 ふいに、聴こえるはずのないクリスマスソングが聴こえてきた。

「……何か足りない 愛のすれ違い」

 これがすれ違いの第一歩だというのか。そんなこと、信じたくはなかった。

    ◇    ◇    ◇

 明後日から連休に入るという二十二日の早朝、事態は思いがけない展開をみせた。件の新人ブレーダーが急に来られなくなったというのだ。そのため、休暇は予定どおり取っていいと言われたが、目の前で梯子を外されたかのようで、オレとしては何をどうしたらいいのか、考えが及ばなくなってしまった。

 とりあえずバルトに連絡してみようか。こちらから会えないと言っておいて虫が良過ぎると思われるだろうが、そこは謝り倒すしかない。ところが、彼の携帯電話は何度かけても留守のメッセージが流れるだけで、メールなどを送っても既読にはならず、すなわち「連絡が取れない」という状況になっていた。

 まさか、またしてもすれ違っているのか。どちらにせよ、これでは手の打ちようがない。胸にポッカリと穴が開いたというのはこんな状態を指すのだろう。オレは虚しさを紛らわせるために、トレーニングルームで見かけたレーンを夕飯に誘ったところ、今夜、日本に向けて出発すると言った。朝日兄弟の招待を受けて、年始まで向こうで過ごすらしい。

 続いて会った墨江フブキにも声をかけると、彼もまた、クリスマス休暇から年末年始にかけて帰省するので、これから準備だと答えた。

「えっ、今年はバルトさん来ないんですか?」

「あ、ああ」

「それで暇になっちゃったんだ。だったら、シュウさんも帰省すればいいじゃないですか。来年三日までの連続休暇、申請したらあっさり通りましたよ。ただ、今からだと航空便が取れるかな、明日か明後日のチケットなら大丈夫だと思いますけど」

「そうか、そうだな……ありがとう」

 フブキの言葉に心が動いた。

 日本へ帰ったところで、多忙な両親と顔を合わせるのは年末になってからだろう。知り合いの大半は海外に出ているし、彼らが皆戻っているとも思えない。結局は自室で過ごすパターンで、そうなるとニューヨークも日本も変わらないが、都会の真ん中よりも地方ののんびりした空気の中にいる方が気も紛れて、いくらかマシかもしれない。

 オレはブルズの総務室へ行って長期休暇の申請をしたあと、ニューヨークから成田へ向かう航空便を調べようとスマホを手にした。すると、成田よりも先に、バルセロナ行きに関する情報が画面に出てきた。以前に調べた履歴が残っていたためだった。

「バルセロナ……」

 屈託のない笑顔、明るく呼びかけてくるテノール、バルトの面影が鮮やかに甦る。

 あいつの方からニューヨークへ来るのが当然だと思っていた。むこうが「シュウに会いたい」と言うものだと決めつけていた。会う会わないを決められるのは自分だと思い上がっていた。だが、そうじゃない。本当はオレ自身がバルトに会いたいのだ。

「会いたい……バルト……会いたいんだ」

 右手の人差し指がバルセロナ便の文字をタップしていた。

    ◇    ◇    ◇

 二十三日の夕刻にニューヨークを出航、バルセロナとは六時間の時差があるため、翌朝二十四日の八時過ぎにバルセロナ=エル・プラット国際空港へと到着。そこからはバスやタクシーなどの公共交通機関を乗り継ぎ、午前中の間にはBCソルへと辿り着くことができた。

 比較的温暖なこの地には珍しく、どこもかしこもうっすらと雪が積もっている。空は薄曇りで、未だちらちらと白いものは降り続け、雪化粧を施されたターコイズブルーの屋根を見上げながら、ふと、我に返った。

 勢いでここまで来たはいいが、果たしてバルトはいるのだろうか。オレが連絡もなしにいきなり訪ねてきたことに対してどう思うだろうか。クリスマスのサプライズだと喜んでくれるのか、それとも……あれからも電話は繋がらないままで、状況はまったくつかめない。まさか「蒼井バルトさんなら日本に帰りましたけど」なんて羽目になったら、無駄足を嘆くどころではない、立ち直れなくなりそうだ。不吉な想像ばかりを思い巡らしたオレはすっかり怖気づいてしまった。

 防犯カメラが設置されているのだろう、門の前をうろつく不審者がいると思われたらしい。建物の中から見覚えのある男たちが出てきた。

「えー、誰が来たって?」

「知らねえよ。とにかく見てこいって言うからよ」

 現れたのは昔馴染みの黄山乱太郎と、チームメイトのシスコ・カーライルだった。黄山はオレの顔を見ると、素っ頓狂な声を上げた。

「あっ、おめー、シュウじゃねーか」

「ホントだ、紅シュウだ」

 おずおずと会釈すると、「何だ、バルトに会いにきたのか?」と訊かれた。そこで、クリスマス休暇中の予定が中止になったこと、バルトに連絡をとろうとしたが携帯電話が繋がらないため、直接訪ねたことを告げた。

「やっぱりそうか。まったくバルトのやつ、あれほどちゃんと管理しろって言っといたのに……シスコ、ちょっとバルト連れてこいよ」

「何でオレがおまえのパシリをしなきゃなんねーんだよ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、建物内に戻ったシスコはすぐに一人で帰ってきた。

「裏の森の方へ行ったってさ。薪だか何かを取りに行くって言ってたみたいだぜ」

「薪? そんなもん、どこに使うんだよ」

「知らねーよ。アレじゃねーか、ストーブとか」

「ストーブはガス使ってたと思ったけどなぁ」

 一緒に行こうと言ってくれた黄山に、自分で探すからと告げると、オレは彼らに礼を言った。それから荷物を預かってもらい、教えられた方向へと歩き始めた。

    ◇    ◇    ◇

 シスコを待っている間、黄山から聞いた話によると、バルトは自分の携帯電話が故障していたことにずっと気づいていなかったらしい。常夏から「兄と連絡がとれない」と、BCソルの外線に電話が入って発覚したのがつい今しがたで、道理で繋がらなかったのかと納得すると共に、バルトらしいと苦笑するしかなかった。

 森の中へと進むと、入り口付近と同じ敷地内とは思えないほど雪が深くなっていた。静まり返った空間で、サクサクと崩れる音だけが足元から聞こえる。薄日を浴びた木立は淡い光を反射させて白く輝き、冷たい空気がゆっくりと漂う。

 何か生き物の気配がしたようで、バルトがいるのかと振り向くと、大きな角を生やした鹿が木の陰からジッとこちらを見ていた。鹿が生息する森だなんて、とてもスペイン国を代表する街の中とは思えない。鹿はすぐに踵を返して立ち去り、そちらの方角から話し声が聞こえた。

「……薪って、これくらいでいいかなぁ」

 バルトの声だ、間違いない。近寄ってみると、木々の間で臙脂色の何かが蠢いている。バルトが愛用しているダッフルコートの色と同じだ、ここにいるのは確認できた。

 誰かに話しかけているのかと辺りを見回したが誰もいない。さっきの鹿の他には動物すらいない、ということは、バルトは鹿と会話していたのだろうか。そんなはず……ただの独り言なのか。

 オレの姿を認めると、バルトは手にした薪をバラバラと取り落とした。

「……シュウ」

 どうしてここにいるのか、なぜそうなったのか、山ほどの言い訳が言葉にならない。オレはバルトに駆け寄ると思い切り抱きしめた。腕の中で小さく震えるその人の唇から温もりが伝わる。

「会いたかった」

——オレたちのすれ違いは始まったばかりだった。

 

                                〈END〉