DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ 蒼い夜❶

    第一章

『オレは……オレはそんなおまえとバトルしたかったわけじゃない!』
──さっきのセリフが胸に突き刺さったまま、心の奥を容赦なくえぐる。えぐられた傷口から溢れる血は涙に姿を変え、頬を伝ってとめどなく流れた。
 イルミネーションが華やかに彩り、賑わう異国の夜の街並み、今宵も酒を酌み交わしたかの国の人々は陽気な声を響かせている。
 バカ騒ぎを避けるように足早に歩く黄色い肌の少年に目を留める者など誰もいない。が、無視される存在であることが今の彼にとっては救いでもあった。
「ちく……しょう……ちくしょうっ!」
 足をとられ、目の前に迫るアスファルトに拳を打ちつけて、木ノ宮タカオは何度も何度も叫んだ。はずみで飛んだトレードマークの帽子の上にも、どんよりとした空からやがて冷たい滴が降り注ぎ、アスファルトはさらに沈んだグレーに染まった。
「オレがすべて悪いのか……」
 G・B・Cすなわちグレートベイブレード世界大会、世界のブレーダーたちが競う場となるこの大会に於いて、日本代表・BBAレボリューションチームのメンバーとして第1回戦が行なわれるアメリカの地に乗り込んだタカオだったが、今回はリーグ戦方式で競う6つのチームのうち、初戦相手の中国代表・バイフーチームとのバトルで力み過ぎた彼はかつての盟友・金李(コン・レイ)と、その幼なじみでパートナーでもあるライの前に惨敗した。
 試合終了後、控室の前の廊下で擦れ違ったレイは屈辱に震えるタカオに対し、さらなる侮蔑の言葉を投げつけ、その場にいられなくなったタカオは街へと飛び出したのである。
 そもそもレイが、これまで共に戦ってきた彼が今になって故郷の中国へ戻ったのは「タカオと対等に戦いたい」からだった。
 過去2回の大会で優勝した、いわば世界ナンバーワンの実力とされるタカオと戦うことは、同じBBAチームにいたのでは実現しない。チームメイトではなくライバルの関係でありたい、レイはそれを望んだのである。そしてその思いはBBAの仲間であった水原マックスも火渡カイも同じだった。
 だが、タカオにしてみれば、今までチームメイトとして助け合い励まし合ってきた、友情を育んできた彼らが「今日からはライバルだ」と宣言したからといって「はい、そうですか」と受け入れられるものではない。ましてやカイは……
 強い相手と戦いたい、チャレンジしてみたいという考えはタカオ自身も持っているし、みんなの気持ちもわかっているつもりだが、そのターゲットは自分なのである。チャンピオンとは孤独なもの、今の彼にはそれが痛いほど身に沁みていた。
 けっきょくタカオの元に残ったのは脳天気な山猿少年の皇大地。知り合ったばかりの、この大会のためにタッグを組んだ彼と息を合わせるなど、これから先もできるかどうか不安は募るばかりで、それもこれもタカオの精神を不安定にさせていた。
 こんな気持ちのままで実力を発揮できるはずもなく、タカオと大地はレイたちの前に敗れた。
「そうだよな……みんなオレのせい……オレの、オレのせいで負けたんだ」
 雨に打たれながら、薄笑いを浮かべて自嘲するタカオは頭のおかしい少年だと思われても仕方がない。行き交う人々は彼を避けて歩き、通り過ぎては不思議そうに振り返る。クレージーボーイだと、バカにして笑う者もあった。
 その時、タカオの傍らに立ち止まる人の気配がした。さらにその人物は彼の頭上に傘を差し掛けた。
「すっかり濡れてしまいましたね。ほら、髪から滴が……」
 聞き覚えのある声に、気を取り戻したタカオは傘の持ち主を恐る恐る見上げた。そこには紺色のジャケットを上品に着こなした、長い緑色の髪の美しい少年がタカオを見つめて微笑んでいた。
「おまえは……」
「お久しぶりです、木ノ宮タカオさん。こんなところでどうしたんですか?」
「な、なに改まってるんだよ。それにそっちこそ、なんでアメリカにいるのさ」
 相手は小首をかしげる仕草をした。
「詳しい話はあとで。とにかく、屋根のあるところに行きましょう」
 思いもよらぬ場所で再会した少年によって、タカオは心の深い闇から、ようやく一歩抜け出すことができた。
「立てますか?」
 少年が差し出した手はひんやりと冷たかった。

    ◆    ◆    ◆

 繁華街から少しはずれたところにある、3つ星だか4つ星だかは定かでないが、それなりに名のあるホテルのエグゼクティブラウンジ。ぬくもりのある調度品と高い天井から降り注ぐ、柔らかで落ち着いた照明のせいか、ソファに腰掛けた者の気分をゆっくりと和ませてくれる。
 静かに流れるクラッシック、少年と向かい合わせに座ったタカオはテーブルの上のココアをもう一口飲むと、ホッと息をついた。
「食事はいいんですか?」
「ああ、今は何も食べる気がしないし」
「それじゃあ、あとでサンドイッチでも用意しますね」
 ティースプーンで紅茶をかき混ぜる少年、ゼオが傍を通ったウェイターに何やら合図をすると、彼はうなずいて向こうに行き、その様子を不思議そうに見守っていたタカオはゼオの顔を窺いながら問いかけた。
「おまえ、このホテルの常連客ってやつなのか? さっきから顔パスだし、ここのラウンジだって、高い部屋に泊まる人専用だろ?」
「ええ、まあ。父がよく利用する関係で、ボクも覚えられているんですよ」
「ああ、あの……」
 そこまで言いかけて、タカオは言葉を飲み込んだ。ゼオの父親の名前をここで出すのはなんとなく憚れたからである。
 タカオが初めてゼオと会った時、彼はまだまだ駆け出しのブレーダーだった。世界チャンピオンであるタカオに憧れていたというゼオは弟子入りを志願するほど懐いていたが、俗にいう『運命のいたずら』によって、二人は敵対する羽目になったのである。
 昨年の大会の決勝戦で、タカオはゼオと死闘を繰り広げ、辛くも勝利した。タカオに戦いを挑み、激しい言葉を投げつけたゼオの、その裏には彼の父の暗躍があった。
「そんな、気を遣わなくてもいいんですよ」
 それでも、とりあえずタカオは話題を変えることにした。
「それよりさ、どうしてアメリカに、っていうか、なんで日本の予選にエントリーしなかったんだよ? なんたって去年の準優勝者なんだから。オレ、今回もおまえが出てくるものって期待していたのに」
「ベイブレード……そうですね」
 ゼオは寂しげに笑うと、紅茶を飲み干した。
「もう一度スタジアムに立ってみたい、そうは思ったんですけど、いろいろあって……」
「まさか、辞めちゃったんじゃないよな?」
「いえ、今でも練習はしているし、いつかまた、あなたとバトルしたいと」
 ワケありの様子のゼオに、タカオはそれ以上の追求はやめることにした。予選に出てこられなかった理由、もしもそれで彼が何らかの傷を負っていたのだとしたら、そこに塩をなすりつけるような真似はしたくない。
 タカオとのバトルを終えた者は皆、彼の人柄に惹かれ、自分を負かした相手として憎むことはなかったし、今まで戦ってきた誰もがそうであったように、ゼオとも再会を誓ったのだが、それは今日まで実現できずにいた。
「じゃあ、アメリカには……って、もしかして?」
「もちろん、あなたを……BBAチームを応援しようと思って来たんですよ。今度の世界大会、ブレーダーとしては、やはりライブで観ずにはいられませんから」
「そうか、やっぱり観てたんだ」
「ええ……」
 あの惨めな負け試合をゼオにも観られていたのかと思うと、またしても悔しさがこみ上げてきて、タカオは唇を噛んだ。
「今日のオレって、最悪ってゆーか、最低だっただろ? もう情けなくって、たまらなくて、ヤケおこして……」
 再び自暴自棄になりそうなタカオをゼオは優しく宥めた。
「そんなに自分を責めないで。調子が出せない時なんて、誰にでもあることだから」
 それからゼオはためらったように、それでも何かを決意したかのような顔をして切り出してきた。
「あの……」
「ん、どうかした?」
「あなたに見せたいものがあるんですけど、一緒に来てもらえますか」
「オレに見せたいもの?」
 きょとんとするタカオ、ゼオは頷いて続けた。
「その前に、宿泊先への連絡方法を教えてください。BBAの皆さんが心配しているといけないし」
「い、いいよ、そんなの」
「ここは日本じゃありませんから、行方不明で警察でも呼ばれたら大変ですよ」
 ゼオの脅しに、タカオは盟友であるキョウジュのパソコンのアドレスを告げた。
「ホテルの電話番号なんて知らねえし、オレの荷物は全部置いてきちゃったから、わかるのはそれだけなんだけど」
「あ、これなら大丈夫、オッケーです」
 何らかの手配をしたゼオはタカオを促し、ラウンジを出ると真直ぐにエレベーターへと向かった。
 慌ててあとを追うタカオ、大理石のフロアはスニーカーでも滑りやすく、ジャケットの背中を見失わないように、あたふたしながらそちらへ進む。
 銀色の箱へ転がるように乗り込むと、ゼオの白い指が数字のボタンを押した。

    ◆    ◆    ◆

 黄色いランプの点滅が次々に移り変わり、目的の階への到着を示すと、鉄の扉は左右へと静かに開いた。
 紺碧の海のような深いブルーのカーペットが敷き詰められた廊下、そこに立ち込める独特の甘い香り、タカオの先に立って進んだゼオは部屋の前までくると、慣れた手つきでロックを解除した。
「さあ、どうぞ。灯りはつけないでいてくださいね」
 言われるがまま奥へと進んだタカオの前には大きな窓ガラス、その向こうに広がるのは陳腐な表現をすれば、宝石をちりばめたような街の夜景だった。
 雨に煙っているせいか、その輝きは少しばかりぼやけていて、だが、それはいつにもまして幻想的な美しさを醸し出している。
 大喜びのタカオは幼児のようにはしゃいだ。
「すっげー! キレイだなあ」
 彼がガラスに張りつくようにしてその景色を眺めていると、ゼオはその後ろに立って夜空を指し示した。
「あの空、どう思います?」
「どうって?」
「夜の空は暗く、黒いもの……でも、ここでは青いんですよ。街の灯りが明るすぎて、空まで照らしているから。それでボクは蒼い夜と呼んでいるんです」
「蒼い夜か。そう言われてみれば、すげえ数の光だよな」
 感心したタカオがそう言うと、ゼオはしんみりと語った。
「この光の数だけ人々がここで生きている。みんな泣いたり笑ったりして……友達と喧嘩をした人、仲直りした人、恋人と別れてしまった人……」
 ズキリ、さっきの傷口が疼く。心の底から湧いてくる虚しさに負けてなるものかと、タカオは唇を強く結んだ。
「自分の生き方に満足している人もいれば、後悔している人もいるでしょうね。死ぬことを考えている人だって……」
「……ゼオ?」
 いきなり聞かされた、死ぬという単語にタカオがギョッとすると、彼の過敏なまでの反応を見たゼオは苦笑いをしながら、首を横に振ってみせた。
「そんな、ボクは考えたりしていませんよ。今死んだりしたら、もっと後悔しますから」
「はあ、脅かしっこなしだぜ」
 再びタカオが窓の外に目をやった時、その身体を二本の腕がスッと包み込んだ。
「……ずっとあなたが好きでした」

 

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 固まってしまったタカオの耳元で、ゼオは低く静かに告白を続けた。
「初めて出会ったあの時から、ボクはあなたに恋していました。あなたの姿も声も、すべてがボクを魅了した。一目惚れって本当にあるんだな、そう思ったほどです」
 まさか、ゼオがそんな気持ちでいたなんて……タカオはまるで夢心地のまま、彼の言葉に耳を傾けた。
「もちろん、あなたの心にあの人がいるのは承知していました。あなたに接すればするほど惹かれていく、好きになっていくのがわかりましたが、ボクはこのままあなたの弟子、友達、ライバルでいようと決心しました。それがどんなに辛いことでも、あなたとあの人の間にずうずうしく割り込んで、嫌われてしまうよりはマシ、そう思ったから」
 抱きしめる腕に力がこもり、ゼオの熱い想いが伝わってきて、タカオの身体は小さく震えた。
 思えば、そんな予感はあった。あの頃のゼオの視線、絡みつくようなそれを感じて、だが、どちらかといえば鈍感なタカオが確信を持てないうちに、彼とは四聖獣を巡って戦うようになり、その予感も立ち消えとなってしまったのである。
「オレたちのこと、気づいて……」
 タカオは喘ぐように言った。恋する者は敏感に、相手の秘密に勘付いていた。
「あなたの姿を追っていたら、自然にわかりました。だから、この想いは自分の中に永遠に封じ込めておこうと誓ったのに……でも今夜、傷ついたあなたを見ていたら、どうにも抑えられなくなって……」
 こうして今、心の内をさらけ出してきたゼオを思うとタカオの胸は痛み、彼は身動ぎもせずに言った。
「じゃあ、あれからずっとオレのこと、考えていてくれたんだ」
「ええ。忘れるなんてできなかった……」
 それまで淡々と語っていたゼオの声が心なしか上擦ってきた。
「あなたを敵とみなして挑戦したあの時だって、本当は好きで、好きでたまらなくて……こうしていられるのがまるで夢のようです」
 タカオは胸元にあるゼオの手をその上からそっと握り「ありがとう」と呟いた。
「辛い気持ちにつけ込む、そんなつもりはありませんから」
「わかってるよ」
「あなたにはまだ仲間がいる、応援してくれるたくさんの人がいる、それにボクがいる。決して独りじゃない。ボクがあなたの心を救うだなんて、おこがましいことは言わないけれど、少しでもあなたを癒せるのなら……」
 ゆっくりと振り返ったタカオはゼオと見つめ合う格好になり、互いに惹かれるようにその唇が触れた。
 と、弾かれたように身体を離したタカオ、ゼオは驚いて「ごめんなさい」と謝った。
「い、いや、おまえが悪いんじゃなくて」
 切ない思い出が胸をよぎった、そのせいだ。
 あれは最初の世界大会、中国で行なわれたアジア予選でのこと──
 度重なる不穏な出来事に神経質になっていたレイ、その犯人は今でこそレイのチームメイトのキキだったのだが、その際に、とにかくレイを励まそうとして、タカオはこう言った。
『気にするなよ。オレたちはオレたちらしくバトルすればいいんだからさ』
 するとレイはいきなりタカオを抱きしめ、キスしてきたのだ。驚きで言葉もない彼に『済まない、タカオ。今夜のオレはどうかしている』と弁明したレイはそれ以上のことは何も言わなかった。
 タカオにとって、初めてのキスの相手となったレイはその後、己の想いを抑え続け、チームメイトに徹したのである。
 しかしながら、タカオの心に大きく踏み込んできた男がいた。最悪の出会いをしたあと、同じチームの仲間になって数ヶ月、互いをライバルとして認め、意識し続けたからなのか、彼との間には不思議な感情が湧いていた。
 だが、それを告げるまでもなくロシアでのバトルのあと、行方をくらませ音信不通だった彼は突如舞い戻ってきて、こう言った。
『おまえのマヌケ面が懐かしくなってな』
 久しぶりの対面、その夜、タカオの自宅の道場で枕を並べる羽目になり、初めて二人きりで過ごす夜に、世界大会の思い出や、その後のバトルを語るタカオ、するとカイは秘め続けてきた想いを言葉少なに打ち明け、気持ちはひとつになった。そう、あの時たしかにカイは告げた、『おまえを忘れたことはなかった』と──
 揺れ動くタカオの心を悲しげな目で、その視線で見透かしてゼオは訴えた。
「……今は忘れてください、今夜……今夜だけでいい、ボクのものになって……」
 ガラス越しに差し込む灯りがゼオを仄白く浮かび上がらせる。ずっと胸に抱いていた情熱、強い決意をこめた瞳に捉えられて、もう後戻りはできない。
 タカオが無言で頷くと、指を絡めた二人の身体はベッドの波間に沈んだ。

    ◆    ◆    ◆

 雨脚はさっきよりも激しく窓を打ちつけ、水滴に歪められた光は水面のようにきらめいて、絡み合うふたつの姿を映した。
「ごめん……」
「気にするなって。オレもその……だし」
 ようやく願いが叶ったゼオと、久しぶりの快楽を与えられたタカオはわずかに触れ合っただけで、あっという間に果ててしまったのだが、お蔭でいくらか冷静さを取り戻したらしい。
「辛くはない?」
「ああ、平気だって」
 ゼオは愛おしそうにタカオの髪を撫で、その指を髪から頬へと這わせたあと、次に唇をなぞるようにした。
 何度目かのキスが降り注ぐ、タカオはその心地好さに身を委ねながら、とりとめのないことを考えていた。
 キスの経験すらろくになかった純情男がいきなり同性愛の洗礼を浴びた。
 初めてカイと深い関係になった時に、男同士とはこんな真似をするのかと慄いたタカオはただ相手にしがみつくばかりで、それが快感なのか何なのかもわからずに、ひたすら痛みをこらえるだけだった。
 当のカイもあまり器用ではなく、慣れないタカオが武骨ともいえる指先に応えるのは無理があったとして当然である。
 だが、ゼオはタカオのすべてを知り尽くしているかのように、彼が感じる部分を優しく、時には激しく攻め、快楽の淵へと導いたのである。波が過ぎ去ったあとの疲労感もまた、タカオにとって幸せなものだった。
 ゼオの緊張はほぐれて軽口をたたくようになり「また元気になっちゃったけど」と茶目っ気たっぷりにささやいた。
「さすが、若いよな」
「それほど歳違わないでしょ、年寄りくさいこと言わないでよ」
 じゃれつくゼオの吐息が次第に荒くなり、舌が唇を割って入り込んでくると、タカオは否応にもそれに反応せずにはいられなくなって、言葉を発せないままもがいた。
 長く激しいディープ・キス、ようやく舌を解放したゼオは息をつくタカオの表情を見つめた。
「とってもキレイだよ、タカオ……今はボクが独り占めだね」
「あ、ゼオ……そこは……」
「もちろん、ここ、感じるんでしょ」
 カイはこんなふうにはしてくれなかったとタカオは思った。身勝手で独り善がり、彼の態度はすべてにおいてそうなのだ。チームのこと、試合や大会のことも、二人の関係についても……
 休む間も与えずにゼオの前戯が続く。身も心も蕩けるように……陶然としながらも、タカオはわずかに残った理性で考えた。
 箱入り娘ならぬ箱入り息子であろうはずの彼がどうしてこのような行為に手馴れているのか。そんなこと、わざわざ質問しなくてもいいのに、訊かずにはおれない。
「ゼオ、おまえ……どこでこんなこと、おぼえ……て」
「ボクがなぜ、このホテルで顔パスになったのか、わからないの?」
 ゼオはシニカルな笑いを浮かべたが、その表情は昨年の大会の最終決戦の時に見せた『深窓の令息』らしからぬふてぶてしいもので、タカオの心にひやりとグラス一杯分の冷水を浴びせた。
「ホテルを住処にして、しばらく短期留学していたんだ。ここはアメリカ、ゲイの本場だからね。それに、ボクのような緑の髪の男と関係を持ちたいと思う人はいくらでもいたから、する方もされる方も、経験を積むチャンスには事欠かなかったよ」
「経験? なんでそんな……」
「わからないかなあ。まあ、あなたのそんなところが好きなんだけど」
 タカオの鈍さを愛しむように、ゼオは優しいまなざしを向けた。
「相手は手当たり次第、自暴自棄になっていたのはたしかだった。誰かを好きになって、あなたを忘れられるものならと思った。でも、それは無駄な抵抗でしかない、時間が経てば経つほど、虚しくなるばかりで……」
 長い睫毛を伏せたゼオの、その憂いを帯びた姿に、タカオの胸は再び痛みを覚えた。
 アメリカに渡ったゼオがどんな思いで日々を過ごしていたのか、異国の男たちとどんな気持ちで関わっていたのか、推し量ると切なくてたまらずに肩を震わせると、ゼオは「そんな顔しないで」と言いながらタカオを抱き寄せて唇に触れた。
「もうその話はやめよう。今はこうしていられるんだ、最高に幸せだよ」
 再びタカオを快楽の波へと導くゼオの指、彼は舌先で相手の胸の突起を刺激したあと、もっとも敏感な部分を柔らかく包み込み、我を忘れたタカオは喘ぎ声を上げながら、両手でシーツを強く掴んだ。
「ボクにはもう、あなただけなんだ、あなたしかいない……」
 想う人への愛情を口にし、強く訴えかけてくるゼオの、その言葉は麻薬にも似て、タカオの神経を心地よく痺れさせた。
 このままずっと……奈落の底でも、どこでも、どこまでも堕ちていけばいい……
 ゼオとひとつになった時、タカオは自分でも驚くほど激しく乱れ、それがさらにゼオを駆り立てて、タカオの中を、心を掻き乱した。
 お互いの名前を呼び、一気に昇りつめたあと、ゼオはタカオの身体を胸元に引き寄せて囁いた。
「ありがとう……疲れたみたいだね、少し眠るといいよ」
 うなずいたタカオはゼオの手を握りながら、やがて静かに寝息をたてた。
 雨はもう降り止んでいた。

                                ……❷に続く