DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ 蒼い夜❷

    第二章
 灰色の雲の切れ間に、わずかに白い空がのぞく明け方、誰もいない静まり返った繁華街の舗道を足早に歩く二人組がいた。
「……まったく人騒がせなんだから」
 唇を尖らせる少女の、ジャンパーの背中にはBBAの文字が躍っている。彼女の歩調に遅れまいと必死で歩く小柄な少年は苦笑いしつつ、弁明した。
「まあ、いろいろありましたから。さすがのタカオも今回ばかりはヘコんでましたし」
 小柄な少年、BBAチームの一員であり、マネージャー的存在でもあるキョウジュはいつも持ち歩いているノートパソコンを開くと、画面に表示された地図を確認した。
「ああ、あれだ。あのホテルですよ」
「けっこう立派な建物じゃない。アタシたちの泊まっているところよりずっと高そう」
「さすがゼオ、お金持ちですね」
 キョウジュの反応に不服そうな顔をしたヒロミは「ねえ、どうして今になってゼオが登場しちゃったの? 応援に来たなら、こっちに挨拶ぐらいすればいいのに」と切り返した。
「さあ、そこらはワタシには何とも……彼にもいろいろ都合があるのでしょう」
 甲高い声で答えるキョウジュだが、質問の答にはなっていない。ヒロミは不満げに「ふうん」と言った。
「偶然タカオと会って、自分の部屋に泊めただなんて納得いかないわ。何か企んでなけりゃいいけど」
「そんな企みがあったら、わざわざワタシたちに知らせたりしませんよ」
 どうやらゼオは昨夜のメールで、タカオをホテルまで迎えにくるよう、キョウジュに頼んだらしい。片言の英語でフロント係に話しかけていたキョウジュはヒロミを振り返ると、上を指さした。
「スウィート、だそうです」
「ええっ? なんて贅沢なの」
 客室係の案内で部屋の前まで行くとノックをしたが返事はない。ドアを開けてもらい、そろそろと中に入ったキョウジュは小声でタカオの名を呼んだ。
「まだ寝てるんでしょうか」
「きっと、そうよ。どこにいるのかしら、探しましょうよ」
 さすがは一流ホテルのスウィートルームである。高級インテリアに囲まれた部屋のさらに奥へ、ずかずかと進むヒロミのあとに続くキョウジュ、二人はローズ色のカバーがかかったダブルベッドを発見した。
「やっぱり……タカオ、こら、起きなさい!」
 シーツに手をかけた次の瞬間、ヒロミは「キャッ!」と声をあげた。
「やだっ、レディの前でなんて格好……早く着替えてよ!」
 キョウジュの目にもタカオの裸の上半身が映り、彼は慌てて辺りを見回した。
「あ、あった。タカオ、ほら、これを」
 ランドリーバッグを手渡すキョウジュ、どうやらタカオの服はゼオが洗濯に出しておいてくれたらしい。
 なぜキョウジュとヒロミがここにいるのか、状況が飲み込めないままに、タカオはシャツの袖に腕を通した。
「ゼオは? あいつ、どこ行ったんだ?」
「そんなの知らないわよ。アタシたちがここに来た時には、あんたしかいなかったし」
「昨夜、ゼオからメールが届いたんです」
 キョウジュはパソコンの文面をタカオに見せた。自分がアメリカにいる理由、タカオと会ったが疲れている様子なので、自分が宿泊しているホテルに泊めるということ、朝になったら迎えに来て欲しい、などといった内容が記述されていた。
「でも変よね、この部屋ってゼオが借りてるんでしょ、それなのにタカオ一人で寝ていたなんて、ゼオ本人はどこへ泊まったのかしら?」
 昨夜の記憶が鮮やかに甦り、タカオは思わず顔を赤らめた。
「タカオ、どうかしましたか?」
「えっ、な、なんでもねえよ」
 キョウジュたちと、そして何より自分と顔を合わせるのが恥ずかしいのかもしれない。タカオはゼオの行動をそう解釈したが、このまま彼と会わずに行くのが心残りでもあった。
 そんなタカオの心情にはおかまいなしに、
「さあ、早く帰りましょうよ、監督と大地くんが心配しているわ。それに今日は移動日でしょ、さっさと用意しないと飛行機に乗り遅れちゃうわよ」
「そうでした。イタリアへ飛ぶんでしたね、急がねば」
 二人に急かされ、タカオは後ろ髪を引かれる思いでホテルをあとにした。

    ◆    ◆    ◆

 G・B・C世界大会は試合毎に会場を移すという、なんとも大袈裟で慌ただしい大会である。第2回戦はイタリアで行なわれ、この地での宿泊場所に落ち着いたBBAチーム4名はホテルの最上階にあるレストランで夕食を摂っていた。
 窓際の席にタカオ、その向かいにキョウジュが座り、彼の隣にはヒロミが、ヒロミの前すなわちタカオの隣には大地がいて、さっきからムシャムシャと食べ物を口に運んでいる。相変わらず旺盛な食欲で、それにひきかえ、いつもは大地と張り合って食べるタカオの皿の上は一向に減る様子がなかった。
 ぼんやりと外を見る、憂いのある顔はふだんの彼からは想像がつかないほど大人びた表情で、見守るキョウジュたちをはらはらさせた。
「どうしちゃったのよ、ずっとあの調子。アンニュイしちゃって」
「1回戦の失敗を未だに引きずってるんでしょうかね。飛行機の中でも黙ったままだし、元気になるというか、立ち直る気配がまったくありませんよね」
 こっそり会話しているつもりだが、すべて筒抜けである。大地は眉をしかめた。
「おまえら、なーにこそこそしゃべってんだよー? おいタカオ、食わねえならオイラがいただくぜ、かまわねえよな?」
「あ、大地、余計なことを……」
 キョウジュが制止する間もなく、大地はタカオの皿からチキンをかっさらったが、タカオは無言のまま、それを承知したらしい。やれやれと、キョウジュは溜息をついた。
 と、そこへどやどやと足音が近づいてきた。たまたま同じホテルに宿泊することになったロシア代表のネオボーグチームの連中がやはり食事に訪れたのである。
 こんな時に彼らと遭遇するとは……
 キョウジュもヒロミも不安そうな目を向けていると、こちらのテーブルに気づいたネオボーグのリーダー、ユーリは端正な顔に冷たい笑みを浮かべながら近づいてきた。
「奇遇だね、BBAの諸君。残念会の予行かな、我々に惨敗する前の、ね」
「な、何よ、あんた。いきなり変なこと言わないでよ!」
 気の強いヒロミがユーリに噛みつく。キョウジュと、何事かと呆気に取られていた大地も身構えたが、タカオだけは窓の方を向いたきりである。無視されているのかと思ったらしいユーリは声を荒げた。
「木ノ宮、ザマはないな。負け犬はおとなしく……」
 すると、スッと席を立ったタカオは正面のキョウジュに向かって「悪いけどオレ、先に戻って寝るわ」と言い、ユーリたちの存在など目に入らないかのように、レストランの出口に向かって歩き始めたのである。
 茫然と見送るヒロミに大地、カッとして何かを言おうとしたユーリを制したのはカイだった。
「オレが行く、先に食事をしていてくれ」
 そもそも、ネオボーグに移籍したいと申し出たのはカイの方からだが、とてもチームメイトとはいえない、ただ同じ場所にいるというだけの関係である。しかしながら、カイの強さは他の者の比ではない、優勝のためには必要な戦力だったし、それゆえにユーリたちは彼を受け入れ、その勝手な行動にも目をつぶっているのだった。
 チッと舌打ちして、しぶしぶ引き下がったユーリは他の二人に合図をすると、奥のテーブルへと向かった。

    ◆    ◆    ◆

 廊下に出たタカオの数歩後ろを歩くカイ、二人の距離は一定を保ったままで、もうすぐエレベーターの前というところで、ようやくタカオが振り向くと、カイはいつもどおりの冷静な口調で詰問した。
「裏切り者に話すことなど何もない、という意味か」
 カイがネオボーグに移籍したと知った時、アメリカの会場で彼を捉えたタカオは『おまえ、オレを裏切ったなっ!』と、声高に叫んだのである。あの時の、怒りに燃えていたタカオの顔、しかし今、目の前にいる彼はくすぶることすらない、燃え殻の炭のように淡々としていた。

 

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「……明日のバトルに備えて、おまえもさっさと寝た方がいいぜ」
 カイは眉ひとつ動かすことなく、タカオを見据えた。
「誰と会った?」
「想像に任せるよ」
「あの男だな……」
 カイの表情にチラリと嫉妬の色が浮かんだが、タカオは何も答えず背中を向けると「じゃあな」と言って左手を挙げ、エレベーターへと乗り込んだ。
 鉄の扉に拒絶されたカイは身動きすらできないまま、立ちすくんでいた。

                                                                                                                     ……❸に続く