DOUJIN SPIRITS

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ベイバ P.S.君惑うことなかれ (C-Ver.❷)

 C-Ver.の第二話です。アニメ神(前半)を踏まえての拡大(し過ぎ)解釈です。闇堕ちは嫉妬が原因だった? 表紙が雑極まりないですが御容赦ください。

 

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    第二話  闇へのいざない

 ニューヨークに渡って一週間ほどが過ぎた。ブルズ所有の、学生寮代わりのタワマンに住み、学校とクラブを行き来する生活にも慣れ、毎日のリズムがつかめるようになってきた。オレの自己改革は順当に進んでいるはずだった。

 いつものようにクラブの更衣室で着替えを始めようとした時、携帯電話がメールの到着を告げたが、それがバルトからだとわかると、微かな緊張が走った。

 別れ際にキスをしてしまったオレの態度には触れず、バルトは何事もなかったかのようにメールを送ってきた。これまでにも何通か届いていたが、その内容は今の米駒学園の様子や、そっちの天気はどうだとか、クラブの練習メニューは厳しいかといった、ありがちな問いかけだった。

 今日は何を言ってきたのだろう。何気なく文面に目をやったオレは危うく電話機を取り落としそうになった。

『……で、BCソルっていうベイクラブからスカウトがきたんだ。いよいよオレも世界デビューだぜっ!』

「BCソル……スペインの名門クラブじゃないか」

 常夏、日夏と一緒にVサインを出す写真が添えられている。その様子からして、小学生の息子をヨーロッパへ送り出すことについての、両親の反対はないとみた。まあ、あの家族なら大喜びで入団させるだろうが。それにしても――

「まさか、バルトが……」

 もうそこまで追いついてきたなんて。薄れかけていた焦りの気持ちがじわじわと甦る。返事を後回しにして、オレは準備を済ませると、トレーニングルームへと向かった。もうすぐ国内のリーグ戦が始まる。オレにとってはアメリカでのデビュー戦だ。鳴り物入りの入団に恥じぬよう、オーナーの期待に添えるよう、結果を出さなくてはならない。

 ここに来て初めて入団の挨拶をした時、予想はしていたがチームメイトたちの反応は冷ややかだった。それはそうだろう、他所の国から来たヤツがいきなり特待生としての処遇を受けるのだから面白くないに決まっている。

 日本にいた時の『四転皇』だ何だと持ち上げられていた状態とは大違いだが、それでメンタルをやられているようではダメだ。オレは自分を変えて、もっと強くなるためにこの国へ来たんだ。扉を開けて強気の一歩を踏み出す。もう、誰にも負けられない。

    ◆    ◆    ◆

 世界各地でも予選が始まろうとしていた。ヨーロッパリーグに於いて、BCソルチームの初戦の代表はバルトと黄山、フリー・デラホーヤに決まったという報告がクラブ宛に速報で届いた。世界が注目するチームの情報は速攻で流れる。

 フリー・デラホーヤ……BCソルの看板を背負う、世界ランキングナンバーワンの天才ブレーダー。その名を耳にすると武者震いがする。世界を相手にするようになったからには白鷺城ルイと同様に、いつかは倒さねばならない相手だ。

 また、黄山乱太郎がバルトのあとを追うようにしてBCソルに入団したことは、バルトにとっては心強い味方が加わって良かったと思ったし、今ひとつ内容が掴めないバルトの文面と違って、黄山からのメールはとてもわかりやすく、彼らが置かれた状況を把握するにも都合がよかった。

 黄山の話によると、他所者の二人はオレと同様に冷遇されたらしい。さらにバルトは一部の者からいじめを受けたようだが、それに気づいていたのかいないのか、当人はあっけらかんとしていたそうで、いかにもバルトらしいなと苦笑いした。

 そんな状況下でも、実力を発揮して代表に選ばれた――彼らなら頭角を現すだろうとは思っていたし、ワールドリーグまで勝ち上がってくる可能性もあると考えていたがーーこのまま行けば世界の舞台で、かつての盟友たちと戦う展開になる。嬉しい、心が弾む、今のオレは当然そういう気持ちのはず、だ。

 練習を終えて帰宅後、先にシャワーを浴びてから夕食を用意して、ひと息ついたところでメールをチェックした。速報と同じ内容で、自分たちが代表に選ばれたという文が黄山から届いていたのだが、彼が記した次の言葉がオレの心をざわつかせた。

『フリーはさすがに強いし、アドバイスも的確で、やっぱりスゲえやつだって感じたわ。いつもマイペースっつーか、誰に対しても無関心な態度でムカつくけど、バルトのことは買ってるみたいだぜ。チームメイトの中でもあいつは特別な存在って感じでさ。まあ、バルトは実力もあるし、誰とでも仲良くなれる天才だからな』

 フリーがバルトを特別な存在として扱っているだと? それは仲間としての親しみなのか、それとも、ライバルとしてバルトを認めたというのか。いや、まさか……だが、フリーの実力云々はともかく、個人的な感情について根掘り葉掘り訊き出すわけにもいかない。

 バルトへの想いを遠ざけたはずなのに、こうしてまた、バルトのことで頭が一杯になってしまうなんて。オレは何をやっているんだ、何のためにアメリカまで来たんだ。もう、メールの返信をやめてしまった方がいいのかもしれない。そうすれば向こうも諦めて送ってこなくなるだろう。

 黄山やバルトとのやり取りを断ち切ってしまうことは二人との繋がりも切れてしまうことになるけれど、そうでもしなければ、オレはバルトとフリーの関係にモヤモヤしたまま想いを引きずる羽目になる。そんな気持ちでいる場合では……

 再びメールが届いた。黄山よりいくらか遅れての、バルトからの通信だ。同じく代表に選ばれたという内容だろうと開いてみると、写真が添付されていた。フリーとのツーショットだった。BCソルの建物内でおそらく黄山が撮ったのだろう。フリーの肩に腕を回してニッコリ笑うバルトと、満更でもない様子のフリー。wbba.のブレーダー紹介一覧に載っていた写真の無表情な顔ではなく、うっすらと微笑んでいるのを見たとたん、オレの苛立ちは頂点に達した。

『フリー、めっちゃ強えぜ。このままヨーロッパリーグ突破だ! ワールドリーグでシュウんとこと当たるの、楽しみにしているからな!』

 オレは即座にメールを削除した。

    ◆    ◆    ◆

 深い森の奥に、朽ちかけた円柱状の建造物とスタジアムが見える。ここはどこだ、初めて見る光景だが……スタジアムの横に立つ人影、そこだけに差し込む木漏れ日を浴びて佇む黄色い姿、あれはフリーだ。フリー・デラホーヤ。

 フリーがこちらを向いて笑みを浮かべた。「やあ」と声をかけてきたように聞こえた。返事をしようとするものの、声が出ない。すると、オレを追い越して――そこにオレが立っていると、まったく気づかない様子で、バルトがフリーの元に歩み寄った。フリーが声をかけたのはオレではなく、後ろから来たバルトだった。

「お待たせ~。そんじゃ、始めようぜ」

 バトルの約束をしていたらしい二人は微笑みを交わすと、互いのベイのチェックを始めた。レイヤーの部分を指さして何やら会話しているが、彼らの声はここまで届かない。フリーの言葉に、嬉しそうに笑うバルト。仲睦まじい二人の姿を見せつけられて、オレの中の嫉妬心が醜く膨れ上がるのを感じる。もう、止められない。

『フリー、バルトから離れろ!』

 オレの喚きなど耳に入らないらしい。それどころか、オレの身体は背後より何かに引きずられるように、物凄いスピードでその場から離れていき、バルトたちの姿はすぐさま木立に隠れて見えなくなって――

「……夢、か」

 随分と不愉快な夢を見たものだ。この前バルトがよこしたメールを今でも相当気にしている証拠だ。不甲斐ない。

 幻想を振り払うように、オレはクラブでのトレーニングに打ち込んだ。身体を動かしていれば嫌なことも忘れられる。

 ランニングマシンのあるトレーニングルームの壁には大型のスクリーンが備え付けられており、その画面には奇しくもヨーロッパリーグ・BCソルの試合が映し出されていた。大写しになるフリーの顔を横目で睨みながら走り込みを続けていると、コーチがそろそろ終わるようにと声をかけてきた。

「もう少し続けさせてください」

 オレの返事を聞いたチームメイトたちが「マラソン選手に転向するつもりか」などと皮肉を口にする。国内リーグが開始してからのオレの勝ち星はブルズでトップ、チームにおける新エースの称号を与えられており、そのせいで皆にやっかまれているのは充分承知していた。

 ランニングマシンの電源スイッチを切り、スタジアムが設置してある方の部屋へ行くと、休憩時間に入ったらしく、先程嫌味を言っていた奴らがベンチで給水しながら何事かをしゃべっていた。

「……そういや、ウチにリチャード・イエロって名前のヤツ、いたよな」

「ああ、あの、アフロヘアーの。わりと強かったヤツだろ」

「最近見ないけど辞めたのか?」

「さあ、退団するならそれなりの挨拶があるはずだけど、何も聞いてないぜ」

「じゃ、とんずらかよ」

「いきなり消えるヤツ、近頃多いらしいぜ。この前の試合の時も噂になってたけど、シカゴ・ウォリアーズのエースって言われていた、ブルーなんとかってヤツが急にいなくなったってさ」

「あそこのチームでエースなら、けっこう強いよな。何でだろ」

「どうせ女にフラれたショックか何かじゃねえの」

「メンタル弱」

 そこで彼らは一斉にゲラゲラと笑い始めた。

 何人ものブレーダーがチームメイトへの挨拶もなしに各クラブからいなくなる……その出来事がどういう意味を持つのか、オレが真相を知るのはそれからしばらくしてのことだった。

    ◆    ◆    ◆

 数日後、ここニューヨークブルズに激震が走った。以前から噂にはなっていたが、フリーがうちのオーナーの誘いを承知した、つまりBCソルからブルズへ移籍することが正式に決まったのだ。地方リーグの真っただ中に移籍なんて……そうと聞いても簡単に信じられるはずもなかったのだが、本人を目の前にして「信じられない」などと戯言をほざくわけにもいかない。

 クラブのメンバーたちの前に立ったフリーは紹介を受けると、無言で頭を下げた。いや、頭を下げるというより会釈にも満たない、軽く首を振っただけの「挨拶っぽいもの」であり、いつぞや夢で見た笑顔や、バルトが送ってきた写真のような微笑みはなく、無表情のまま。スカしているという表現がぴったりで、その場にいる全員を見下している、舐めくさった態度と捉えられるのも無理はなかった。

 案の定、チームメイトたちは裏に回ると、フリーに対しての陰口を叩いた。いくら契約金を積まれたのか知らないが、長年世話になったクラブを、それもリーグ戦の最中に抜けるなんて恩知らずだ、金に目がくらんだのだろう等々。

 オレとしては、フリーが金で動いたとは思えないが、それにしてもタイミングが悪すぎる。せめてヨーロッパリーグが終わるまで待てなかったのか。納得できずにいると、各トレーニングルームの様子を見て回っていた彼が筋トレマシンを使うオレの傍に近づいてきたので、思い切って声をかけた。

「フリー・デラホーヤ」

 フリーは無感動な視線を向けた。恐らくオレの存在などこれっぽちも気にしていない、紅シュウという名の日本人がクラブにいるとすら知らないのだろうが、そんな反応はどうでもいい。

「どうしてチームを抜けた?」

 彼は首をかしげ、何を訊かれているのかわからないといった表情をしてみせた。

「蒼井バルトがいるだろう」

 その名を口にすると、自分の全身が小刻みに震えるのがわかる。

「ああ、いるね」

 仲良く写真を撮っていたくせに、そんなヤツもいたなと言わんばかりの無関心な様子が癪に障って、オレのフリーに対する苛立ちは更に強くなった。

「チームを見捨てたのか?」

 強い言葉を選んで挑発すると、フリーは眉をピクリと動かした。

「……キミにはそう見えるんだ」

 言葉の上では肯定も否定もせずに受け流すと、彼は背中を向けた。それ以上会話する気はないという意思表示だった。

「そう見える、って……」

 フリーの台詞を反芻する。それは「見捨てたわけではない」と同じ意味だと気づいた。

 そうだ、彼には彼なりの思惑があってBCソルを離れたのだろう。ならば、バルトに対しても無関心を装っているものの、本心は違うところにあるのでは……

 キリキリと胸が痛む。こんな思いをするためにアメリカへ渡ったわけではないのに。オレはフリーをここに呼び寄せたオーナーを恨めしく思ったが、暫くすると当のオーナー、ギルデンから呼び出しがあった。

 オーナー専用の応接室に出向くと、室内にいたのは当人だけで、ゆったりとした革張りのソファに腰掛けた彼は向かいの席を勧めてきた。

「調子はどうだい?」

「はい、まずまずです」

「キミの活躍はこちらの予想以上だ。フリーも入ったことだし、ワールドリーグ優勝は間違いないだろう」

 満足気にそう言ったあと、ギルデンは大袈裟な仕草で脚を組み替えた。

「で、明日にはさっそくフリーと対戦してもらうよ。各自の力量を測りたいのでね。キミだって、得たばかりのエースの座をそうやすやすと渡したくはないだろうが」

「オレが負けるとお思いですか?」

 語気を強めて相手を睨みつける。ギルデンは不敵な笑みを浮かべた。

「そう、その意気だ。そうでなくては困る。聞くところによると、キミの日本での仲間たちも世界各国のクラブにスカウトされて、それぞれに活躍しているそうじゃないか」

 そう、バルトや黄山だけではない。米駒学園ベイクラブの元メンバーやシャカも海外のチームに入団しているのだ。背後に迫る多くのライバルたちを思うと、居ても立っても居られなくなる。

「ならば、ここは彼らに実力の差を見せつけるしかないね」

「……当然ですよ」

 オレは負けじと笑ってみせた。これが転落の第一歩だとは気づかずに――

 〈To be continued〉