同人時代のネタをSSにリバイバルしてみました。表紙を変更(過去絵をデジタル塗りしたもの)して再公開です。
『だから言っただろ、おまえにはオレが必要なのさ。オレが欲しくてたまらないんだ、離れられるわけがない』
くわえタバコのまま、勝ち誇ったようなその顔が、わかったふうな、上から目線な物言いがいちいち癇に障る。ブン殴ってやりたいが、腕力では負けるのがオチなので『口撃』で対抗だ。
『うるせーよ! おまえなんかいなくたってな、オレにはバスケがあるんだ。オレの前からとっとと消え失せろ』
『ほう。はたしてそうかな?』
『ンだとコラァ、鉄男! てめぇ……ぇぇっ?』
ふと気づくと暗がりの中、寝惚けまなこに映るのは黄緑色にぼんやりと光る数字。
「はあ、四時半だと? 何だよ、まだ二時間もあるじゃねえか。ったく、こんなに早く目ぇ覚……って、えっ?」
三井寿は慌てて飛び起きると、パジャマの下半身を凝視した。
「……やっちまった」
この後に及んで、図らずも鉄男の夢をみるなんて。心は忘れたつもりでも、身体は忘れていないというのか。仕方なく部屋着に替えると洗面所に赴く。このまま洗濯機に放り込むなんて流石にできない。汚れ物を手洗いしながら、何となく惨めな気分に陥った。
「ちくしょー、オレのバカ野郎」
二度寝なんぞしたら絶対起きられないと思い、今日の英語の予習をしたのはいいが、慣れないことはするものじゃない。始終眠気に襲われて授業の内容は頭に入らないし、せっかくの予習は何の役にも立たないまま、放課後を迎えた。
それもこれも、明け方にあんな悪夢をみたせいだ。三井は我が身を呪いながら、バスケ部の部室のドアを開けた。既に部員の大半が着替えの最中である。
「何だか顔色悪いけど大丈夫?」
「あー、ちょっとした寝不足。気にすんな」
気のない返事に苛立ったのか、相手の穏やかな面差しに朱が走る。
「大会が近いんだ。夜更しなんかしないで、しっかり健康管理してくれよ」
「うぃース」
一人、また一人と、支度を終えた部員たちは体育館に向けて出陣し、ドベになってしまったかと思いながら、パイプ椅子に腰掛けてバッシュを履いていると「三井サン」と呼びかける声が頭上に降ってきた。
「あん?」
顔を上げると、そこには宮城リョータの含み笑いがあった。ニヤニヤしながらこちらを注視している。
「何だ、まだいたのかよ」
「いや~、先輩の様子が気になっちゃって」
「だから、寝不足って言っただろ。オレに構わずさっさと行けよ」
ところがリョータは先に行くどころか、品定めするように三井の全身を眺めまわすと、こともあろうに「男、欲しいんでしょ? 相手しますよ」と、あっけらかんとした口調で爆弾発言をした。
「……はあぁっ!?」
呆気にとられたが、言葉を失っている場合ではない。三井は気色ばむとリョータの胸ぐらをつかんだ。
「てめぇ、いい加減なこと言うなよ!」
「だって欲求不満が歩いているみたいなんだもん。あの人と切れたからっスか?」
二の句が告げない。それって図星じゃ? いや、そんなこと、認めてなるものか。
「年下はイヤ? ひとつしか違わねーじゃん」
言うが早いか、リョータは三井のシャツに手を潜り込ませながら唇を塞いできた。
「ちょっ……ん、んん」
久しぶりに与えられた快感で眩暈がする。理性を失わないように正気を保つのがやっとだ。
「おまえ……オレにこんなことしていいのかよ? 誰か泣くんじゃねーのか」
するとリョータは舌なめずりをしたあと「なるほど、そっちもいろいろあるしね。それだけ取り巻きがいながら、誰も慰めてくれないんスか」と真顔で訊いた。
「大きなお世話だ」
「あ、そう」
三井から離れると、肩をすくめたリョータは「おっと、これ以上遅れるとヤバいな。ま、気が向いたら誘ってください」と言い、踵を返して扉の向こうに消えた。
「お、おい、ちょっと」
中途半端に与えられたせいか、下が収まらなくなってしまったではないか。これから練習だというのに冗談じゃない。三井は「どうどう」と、暴れ馬をなだめる掛け声で、その部分を鎮めようと努めた。
「まったく、あんにゃろう。フザケた真似を」
だが……
ほんの数カ月前、自分と彼とは乱闘騒ぎを起こした、いわば敵同士だった。リョータにしてみれば、チーム強化のために我慢している、本当は三井の存在が面白くない、そんなふうに思って当然なのだ。それなのに忌み嫌うどころか、好意的に接してくれている。からかい半分だろうけれど、そもそも嫌いなヤツにキスなんかできないはずだ。
そう考えると、リョータを意識し始めた己の変化に三井は戸惑った。こんな感情はおかしい、ヤキがまわったのか。もう、何もかも変な夢のせいだ。ああ、ムカつく。
練習終了後、タオルで汗を拭っているとリョータが近づいてきて「オレのこと、見てたでしょ。その気になった?」と訊いた。シュートの練習時、順番待ちをしている間に彼のことをぼんやりと見ていて、目が合ったのは確かだが、気持ちの揺らぎを悟られるわけにはいかない。
「そんなもん、たまたまだ。自惚れるな」
「たまたま、ね。やっぱ、こっちからお願いしないとダメかな」
「お願い?」
「部室戻ります、お先」
唖然としてリョータの背中を見送る。お願いって、それってどういう……訪れた予感に胸がざわついてきて、三井はフッと笑みを洩らした。
「あいつめ。このオレを落とそうなんて、百年早いぜ」
END