DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ 蒼い夜❸

    第三章

 この辺りでは中堅クラスのホテルの一室、決して広くはない部屋に並んだツインベッドを壁にかかったライトが心細い光で照らしている。
 ベッドに潜り込んで即、始まった大地のイビキをバックミュージックに、タカオはグレーのカーテンの隙間から見える夜の街を眺めていた。ここでは暗い夜空が広がり、星が瞬いている。蒼い夜ではない、もう昨夜とは違う夜なのだ──
「ゼオ……本当に今夜だけ、だったのかよ」
 アメリカからイタリアへの移動、大会のスケジュールは公になっているとはいえ、選手を応援する人たちがそのまま同じように移動するとは限らない。ゼオとはあれが最後かも、タカオの胸は締めつけられるようだった。
 自分を裏切り、傷つけた相手への当てつけでも、淋しさを穴埋めするためでもない、と彼は思いたかった。心底、ゼオの存在を渇望しているのだと……
「逢いたい……ゼオ、逢いたいんだ……」
 あれからずっと、切なさで涙を流し続けていた心、その涙が堪え切れなくなって、とうとう両目から溢れ出しては枕を濡らす。
 微かなノックの音が聞こえて、タカオは身体を起こすとドアの方を向いた。
「……タカオ、起きていますか?」
「キョウジュ?」
 急いでチェーンをはずすと、パジャマ姿のキョウジュがひょっこりと顔をのぞかせた。
「すいません、様子が気になったから」
 ホテルの廊下の灯りが映し出した相手の表情に、キョウジュは驚きとためらいを見せながらも「ちょっとこれを」と言って、いつものノートパソコンを開いてみせた。
「ゼオからまたメールが届いたんですよ」
「えっ」と思わず声を出しそうになり、それを飲み込むタカオの様子を不審に思ったらしいが、それでもキョウジュはメールの文面を示した。
『今度はイタリアでの2回戦ですね、頑張ってください。また応援に行きます』
 瞬間、タカオの顔がパッと輝き、それはまるで恋する乙女のように幸せに満ちていて、見守るキョウジュはきょとんとした。
「あ……ありがとな、キョウジュ。遅い時間にわざわざ……」
「それはかまいませんが、大丈夫なんですか? まあ、たしかに大地のイビキはやかましいですけど、ちゃんと睡眠取らないと、明日大変ですよ」
 寝ると言って部屋に引っ込んだのに、今まで起きていたらしいタカオの、目の周りの隈が気になったのか、忠告するキョウジュに、タカオは笑顔で応えた。
「ああ、なんとか眠れそうだぜ」

    ◆    ◆    ◆

 翌日、大会会場の控室にて、BBAチームの監督でありタカオの兄でもある木ノ宮仁はメンバーを前に、今日の試合には大地とキョウジュを出すと宣言した。
 いくらか立ち直った様子を見せてはいるが、タカオの不調はまだ続いている。今度負ければ本当に立ち直れなくなってしまう、そう考えたからである。たとえ勝ち星を落とすようなことになっても、ここはそうした策をとるのが賢明だった。
 そんな仁に不満をくすぶらせながらも、タカオは控え席から試合の行方を見守るしかなかった。2回戦でBBAと対戦するのはネオボーグ、ところが、タカオが試合に出ないと知ったカイは戦いを放棄、大地は棚ぼたの勝ちを手にし、また、ユーリ対キョウジュではユーリに軍配が上がったものの、キョウジュがユーリのベイ攻略法を大地に伝授したため、勝者同士の決戦バトルは大地が勝利したのだった。
 初の1勝に沸くBBAチーム、どこかでゼオが観ているのではと、観客席を見回すタカオだが、それらしい人物はいない。本日予定されていた試合はすべて消化、大会が終了してもゼオは現れなかった。
「応援に行くって書いてあったくせに」
 今ひとつタカオが嬉しそうにしていないのは、タカオ自身が勝因ではなかったからと勝手に解釈した大地が文句を言っても、上の空で曖昧な態度のタカオ、そして例によっての強行スケジュール、彼らは次の日にはスペインの地を踏んでいた。
 大会開始から3番目の宿となるホテルにチェックインすると、フロント係が「ミスターキノミヤ?」と確認し、預かり物があると言って、タカオに手紙を渡した。
「えっ、オレに手紙って……?」
 手紙というよりは伝言のようなものらしい。それに目を通したタカオの顔つきが変わったのに気づかぬふりをして、仁は「行くぞ」と声をかけ、先に立って歩き始めた。
「なんだよ、それ。誰から?」
 手紙を盗み見ようとする大地の追求を逃れるようにタカオも先を急ぎ、大地は彼の周りをちょろちょろしつつ、あとに続いた。
「どうしちゃったの?」
「さあ……」
 顔を見合わせ、首を傾げながらも、ヒロミとキョウジュは彼らを追った。
 その夜、時刻はあと少しで9時、大地がよく眠っているのを確認したタカオはそっとドアを閉めると鍵をかけ、階下のホテルのロビーへと向かった。
 この時間になると、うろついている客はさすがに少ない。フロントの前に幾つか置かれているソファに目をやると、そこに待ち焦がれていた者の姿があった。白いシャツがよく似合う緑の髪の美少年はやって来たタカオを見て、にっこりと微笑んだ。
「大地くんは大丈夫だった?」
「あ、ああ。あいつ野性児だろ、8時前には寝ちゃうし、朝まで絶対に起きねえから」
 3日ぶりの再会に、タカオは少し照れながら答えた。
「イタリアには行けなくてゴメン、飛行機が取れなくて間に合わなかったんだ。だから、ここには絶対に来られるように手配して、部屋も取って」
「そうか、それで手紙を……」
 二人はBBAチームが宿泊している4階よりも上の8階へと移動した。この階はダブルの部屋がほとんどである。そのひとつのドアの鍵を開け、中に入るや否や、ゼオは激しい勢いでタカオを抱きすくめた。
「……ゼ、ゼオ……苦しいって」
「あ、ご、ごめんなさい」
 我に返って力を緩めるゼオ、彼の腕の中でタカオはようやく平穏を取り戻した。
「おまえが今夜だけ、なんて言ったから、もう逢わないのかと思ってた。朝には消えてるし、イタリアにも来なかったし」
「そんな……まさか?」
 それによってタカオがどんなにか切ない想いをしていたかを知ると、ゼオは驚き、申し訳なさそうな顔をして何度も謝った。
「キョウジュさんたちにはとてもじゃないけど顔を合わせられなくて……混乱していたし、それに、勢いでアメリカまで行ったけど、あなたに受け入れてもらえるなんて思ってなくて、たぶんダメだろうって決めつけていたから、あとの手配は何もやっていなかったんだ。イタリア行きが無理だとわかった時のショックときたら……まあ、言い訳にしかならないけど」
「いいよ、こうしてまた逢えたんだから」
「あなたがボクに逢いたいと思っていたなんて、夢なら醒めないで欲しいよ」
 愛しい人に優しくキスすると、ゼオはタカオの身体をベッドへと運んだ。彼の白い指が全身を愛撫してくる。3日ぶりの逢瀬……

 

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 若さゆえか、一度火がつくとそれはとどまるところを知らず、この前はゼオの情熱に流されるように応じていたタカオも今宵は積極的で、二人は飽きることなく何度も何度も抱き合い、互いを激しく求め合った。彼らが快楽に身を投じる度にダブルベッドは軋み、橙色のランプシェードが揺れた。
 ひとしきりの興奮が過ぎ去ったあと、タカオを抱き寄せたゼオは甘く囁いた。
「……これからもずっとボクのもの、って信じてもいい?」
「ああ……」
「本当に? 本当に信じていいんだね」
 目を閉じたままタカオはゼオの肩に頭を預け、その手に自分の手を添えた。
「おまえがいたからもオレはすべてを見失わずに済んだんだ」
「タカオ……」
「世界チャンピオンって、名誉だし気分もいいしさ、誰からの挑戦も受けて立つぜ! なんて、いつもそう思っていたけど、なんだか急に淋しくなるんだ。どうしてオレはみんなの標的に……仲間だと信じていたヤツらにまで勝負を挑まれるのかって。こんな弱気な話、頑張ってる大地やキョウジュに聞かせるわけにはいかなくて……本当は弱くて脆い、この気持ちを聞いてくれる、わかってくれる相手が欲しかったんだ」
「……孤独である身の辛さはそれを味わった者にしかわからないから」
 かつてやはり、深い孤独に苛まれたゼオは労わるようにタカオを見つめた。
「日本予選後のごたごたを聞いた時、ボクはあなたを案じた。ボクが駆けつけたところで力になれるのかどうか……でも、決めた。アメリカに行ってあなたに会おう、って」
 優しいゼオの眼差しを受け、タカオは愛される喜びに浸った。甘えるように頬を寄せ、心からの感謝を込めて彼に告げた。
「……おまえが傍にいてくれて本当に嬉しい。ありがとう、ゼオ。もう大丈夫、明日はオレが試合に出る。ちゃんと観ていてくれよ」
「もちろん……この先もボクはあなたの傍に居続けて、勝利を見届けるから……ずっと」
 ゼオの願いは届くのだろうか、スペインの夜空は白み始めていた。

                                 ……❹に続く