DOUJIN SPIRITS

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爆ベイ 蒼い夜❹(最終章)

    第四章
 G・B・C大会が始まって6日目、第3回戦。この国でもベイブレード人気は高く、試合会場は既にたくさんの観客で埋まっている。
 各チームに個別に与えられている選手控室から会場への細い通路を行く、レイ率いるバイフーチームの前に、シャレたスーツ姿に黒いサングラスをかけた男が立っていた。
「コン・レイさんですね?」
 突然声をかけられて戸惑うレイ、返事ができないままの彼を見て、男はおもむろにサングラスをはずして言った。
「ボクですよ、憶えていらっしゃいませんか?」
「お、おまえは……ゼオ?」
 緑の長い髪は以前と同じだが、すっかり大人びて、美少年ぶりにますます磨きをかけた彼に、レイは目を丸くして、相手を穴のあくほど見つめた。
「どうしてここに……」
「決まってるじゃありませんか。選手ではないのですから応援に、ですよ。もちろんタカオのね」
 ゼオを知らないライが、こいつは誰だといわんばかりの、遠慮のない視線を向けるのを気にしたレイは仲間たちに、先に行くようにと促した。ゼオとの対面にあたり、厄介払いをしたかったのである。
 そんなレイを気遣ってか、マオはキキとガオウの背中を押して再び歩き出したが、なんとなく気に食わない野郎と、大事なパートナーであるレイを二人だけにするのは心配だからと言って、ライはその場を動こうとはしなかった。
「さあ、話があるなら、オレにかまわずやってくれ」
 やれやれと、諦め顔のゼオはレイの方に向き直った。
「ここまで一勝一敗でしたよね、BBAチームを負かして」
「ああ。だが、オレは納得していない」
「当然でしょうね。あれがタカオの実力だなんて、誰も信じていませんし」
 一時は敵対したとはいえ、ゼオはいつでも礼儀正しかったし、言葉遣いも心得ていた。その彼が今はタカオの肩を持って棘を含んだセリフを、蔑んだような口調でしゃべる。レイはゼオをギロリと睨みつけた。
「今のタカオはもう、あの時のタカオじゃない。次に戦う機会がきたら、あなたは二度と彼には勝てないでしょう。あの勝利は最初で最後ということです」
「なんだと?」
 いきり立つライを宥めると、レイは冷静を保とうと努めた。
「オレが勝てるという保証もないが、負けると決まったわけでもないだろう」
「タカオは世界一のブレーダーだ。だからこそ、あなた方は彼に挑戦したくて移籍した」
「そのとおりだ」
「でも、それによってタカオは慣れないパートナーと組み、イチから始める羽目になった。古巣に戻って、気心の知れた昔の仲間と組む、つまり……」
 ピストルの形にした右手、その照準をレイの胸元に合わせて向けたゼオは軽蔑の入り混じった、不敵な笑顔を見せた。

 

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「昔馴染みというぬるま湯に浸かって、何の苦労もなしにいい気になっている誰かとは違う。だから、あなたは彼には勝てないと言ったんです」
「てめえ、言わせておけばっ!」
 今にも殴りかかろうとするライの腕を抑え込むようにしながら、それでもさすがに頭にきたらしく、レイは強い口調で反撃した。
「オレたちは苦労していないだと? そんなふうに言われる筋合いはない。毎日裏の竹林に行って、二人で特訓して……」
「それは信頼し合えるパートナーがいてのことでしょう。タカオはその信頼を築くところから始めたんですよ」
 ゼオの言葉は正論である。それを聞かされて、さすがにレイは押し黙った。
「もっとも、大地くんは素晴らしいパートナーになったみたいだし、タカオを応援してくれる仲間もいる。もちろん、このボクもね」
 ゼオはサングラスをかけ直すと、レイたちにくるりと背を向けた。
「タカオにはボクがついている。あなたも、あの一匹狼を気取った人も、もう出る幕はありませんから御安心を。時間を取らせてすいませんでした。次の試合、健闘を祈ります」
 髪をなびかせながら、会場に向かって歩き始めたゼオに罵声を浴びせようとしたライを押し止めて、レイは寂しげな顔で首を横に振った。
「いいのか? あんなヤツに言いたい放題言わせておいて、悔しくないのかよ!」
 レイの肩をつかんで揺す振ろうとしたライ、だが、レイの目から一筋の涙がこぼれたのを見て驚き、手を止めた。
「……いいんだ、これで」

    ◆    ◆    ◆

 コロッセオの形をした大会会場の内部、試合はアリーナの部分で行なわれ、それを取り囲む観客席は段々と高くなっており、その最上段は壁と窓にぐるりと沿った通路として、場内を一回りできるようになっている。
 その通路にて窓を背に、銀色の手すりにもたれて会場を眺めている人影を見つけたカイは選手の控え席を離れて、それぞれの客席の間にある階段をゆっくりと上がり始めた。
「おい、どこへ行く? もうすぐ試合開始だぞ」
 見咎めて声をかけたが相手は返事もせず、足を止めようともしない。呆れ顔のユーリは肩をすくめた。
 人影の前まで来ると、カイはその前に立ちはだかった。
「……何をうろうろしている。目障りだ」
 低く凄味のある声、突き刺すような視線を受けても、動揺する様子もなくゼオは階下に視線をやったまま、カイを見ようともせずに答えた。
「観戦するのも応援するのも、ボクの自由でしょう」
 静かに、だが、激しい火花が二人の間に散り、不穏な空気が渦を巻く。
「予選に出ることすらしなかった腰抜けが今さら何を観る必要がある」
「あなたに指図されるおぼえはない、火渡カイ。自分の勝手で、誰かを傷つけても平気でいられる人にとやかく言われる筋合いはないんだ」
「バトルにつまらない私情はいらない」
「つまらない、ですって? 本気で言ってるんですか!」
 改めて正面からカイを見据えたゼオの、その身体から怒りが立ち上っていた。
「たしかに、より強い相手と戦いたいという思いはブレーダーなら誰にでもあるでしょう。ボクもかつてはタカオに挑戦した一人だ、その気持ちがわからないわけじゃないし、今でももう一度、彼とバトルしたいと思っている。でも、それなりのやり方があるはずだ。あなたがとった方法はもっとも卑怯で残酷です」
 ぴくりとこめかみを動かして、それでもカイはゼオを無言で睨み続けている。
「なぜ、日本の予選に出たんですか? 最初からロシアに行けばよかったのに」
「おまえに説明しても仕方ない」
「迷っていたんですか、その迷いがタカオを傷つけるということまで、どうして考えられなかったんですか!」
 カイはゼオから視線をはずすと、窓の方を向いた。
「だんまりですか、いいでしょう。でも、あなたの愚かな行動のお蔭で、ボクにチャンスが巡ってきたのだから感謝しなくてはね」
 からかうような笑みを浮かべたゼオに負けまいと、カイは反論した。
「チャンス? そんなものを与えたつもりはない」
「わかっていないようですね。これであなたはボクに二度負けたことになる。一度目はチャンピオンシップ大会の準決勝、そして二度目は……」
 ゼオは己の心臓の位置の上に手をあて、大袈裟な身振りで言った。
「タカオのハートをゲット、ですよ。早い者勝ちじゃない、恋は奪い合うものだから」
 言い返す言葉が見つからず、歯ぎしりをするカイに、ゼオのジャブが続く。
「タカオの身も心も、今はボクのものだ。一緒に過ごした夜を思い出すたびにボクの胸は熱くなる。本当にタカオは……キレイだった」
 うっとりとした目つきをするゼオ、予期していたものの、その事実を聞かされてカイは「やめろっ!」と怒鳴った。彼の全身をどす黒い嫉妬の炎が取り巻き、身体が小刻みに震えている。カイらしくない、見苦しい姿だった。
「妬いているんですか? まだ未練が残っているとでも?」
 余裕の表情でカイを見下したゼオは視線を移すと、誰かを探している素振りの人物に気づき、嬉しそうに手を振った。

 

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 階上で手を振るゼオを発見し、それに応えようとしたタカオの手が止まった。
「カイ? どうしてゼオと……」
 彼らのただならぬ雰囲気を感じ取り、立ちすくむタカオ、一方のゼオは向き直ってカイを挑発した。
「リベンジならいつでも受けて立ちますよ。こればかりはベイブレードで決着をつけるというわけにはいきませんけどね。奪い返せるものなら、そうしてみればいい。絶対渡さない、ボクにはその自信がある」
 すると、白いマフラーをなびかせたカイはゼオに背を向け、何も言わずに階段を下り始めた。さっきと同じゆっくりとした歩調で、一歩一歩階下のタカオに近づいてくる。
 足が凍りついたかのように、タカオはその場から動けずにいた。目前に迫ったカイの、いつも冷静で感情を表さない彼の表情が心なしか切なく哀しげに見え、目を逸らすことができない。
 擦れ違いざまにカイは呟いた。
「それでも忘れない……愛している」
「カイ……!」
 全身に電流が走る、タカオは目を大きく見開き、身体を震わせた。
「さあー、待ちに待ったグレードベイブレードカップ世界大会……」
 ブレーダーDJの陽気な声が会場中に響き渡った。
「ここスペインでの、3回戦の幕開けだーっ!」
                                〈つづく〉

 

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