昨年、予告編としてマンガVer.を公開しましたが☟
満を持しての本編(小説Ver.)です。ベイバアニメ超王のレジェンドスーパータッグリーグが終了したあたりの話ということで御了承ください。昭和の結婚式のノリなのは御勘弁を。また、男同士はもとより、年齢的にOKなのかどうかといったツッコミどころ諸々もスルーでお願いします。
本日はお日柄も良く
夏の暑さもようやく一段落してきたその日、BCソルのトレーニングルームにて、いつものように後進たちの指導にあたっていた蒼井バルトを後輩二人が訪ねてきた。
「よう、久しぶりだなぁ。ドラムとはタッグバトル以来か。デルタはずっと会っていなかったよな」
「バルト先輩、御無沙汰しています」
礼儀正しく頭を下げるのは虹龍ドラム、その傍らに立った茜デルタも軽く会釈をする。その場を他の者に任せると、バルトは隅のベンチへと二人を促した。
「で、二人揃って今日は何?」
「じつは……」
言い淀んだあと、ドラムがデルタに視線を向ける。後を受けてデルタが口を開いた。
「蒼井バルト、あなたには恩がある」
「はあ」
「恩人だと思って是非とも頼みたいんだが、オレたちの仲人を引き受けて欲しい」
「ナコウド?」
きょとんとするバルトの目の前で、ドラムの顔がたちまち真っ赤になった。一方のデルタもいくらか頬を染めながら続ける。
「あなたと、紅シュウのお二人にお願いしたいと思って、今日ここに来た。挙式の予定はまだはっきり決まっていないが、決まり次第連絡する」
「そっか、わかった」
「ついては紅シュウの連絡先を教えて欲しいんだが」
「オッケー。えっと、ケータイはどこだっけ……」
シュウのアドレスを伝えたあと「オレからも連絡しておくよ」と付け足したバルトだが、
「ところでさ、ナコウドってなに?」
◇ ◇ ◇
話は数ヶ月前に遡る。レジェンドスーパータッグリーグ、さらにその前のレジェンドフェスティバルからタッグを組む機会が多かったドラムと白鷺城ルイの関係について、二人のまことしやかな噂は、大会には不参加だったデルタの耳にも届いていた。
お互いの存在は知っていたものの、フェスティバルで本格的に顔を合わせ、そこでドラムと組む羽目になったルイだが、この共闘がきっかけでドラムのことを随分と気に入ったらしく、改めてタッグリーグでのパートナーを決める際にはわざわざヘリコプターでドラムの元に迎えを寄越す始末で、皆、「まるでスパダリだ」と驚愕したらしい。
そもそも、気難しくて他者を寄せ付けない、誰かと協力して何かをやるなんて想像もつかないという、「天上天下唯我独尊」のルイが自らドラムを御指名したのだ。ベイブレード界に激震が走るのも無理はないが、その後、リーグが始まる直前まで、鬼ヶ島で二人っきりの特訓を続けていただの、始まってからは会場内でイチャイチャしていただのという、人々の噂話がデルタの神経を逆撫でた。いや、噂だけではない、ドラムを応援しようと会場入りしたデルタ自身が実際に見聞きしたのである。
次の出番に備えて控室に向かうドラムがルイへ親しげに声をかける様子、また、舞台裏の二人を目撃した者によると、はしゃぐドラムに対してルイが「転ぶなよ」と、恋人を見守るかのように優しく窘める場面があったとのこと。鬼ヶ島の鬼が仏になったと、それこそ大変な騒ぎになり、目の前で繰り広げられ、突きつけられた事実に、デルタが危機感を募らせるのは当然だった。
可愛らしい容姿に素直で明るく愛情深い性格、礼儀もわきまえているドラムは人望もあって人気も高い。同じベイクラブのビクトリーズに所属する草葉アマネや、かつてひと悶着あったグゥイン・ロニーなど、ドラムを巡ってのライバルは存外に多い。ここにルイを加えたとしたら、ドラムこそがベイブレード界で一番モテる者認定されるのではないか。冗談じゃない。ドラムの相手は彼自身にとって目標であり、一番のライバルであり友でもあるこのオレ、茜デルタが相応しいのだ。ドラムに出会ってこの方、遠赤外線を放出する炭のようにじわじわと彼への想いを温め続けていたデルタがとうとう発火した。
このまま指をくわえて見ているなんて御免だ、ルイとドラムがこれ以上接近する前に先手を打たねばと考えた挙句、デルタはドラムに結婚を申し込む決意を固めた。恋人、パートナーといった程度のものではない。法律に守られている、ガッチガチの縛りがある関係に持ち込んでこそ、ルイだろうが誰だろうが邪魔者が入り込む隙はなくなるのだ。そうだ、結婚だ、今すぐブロポーズするのだっ!
善は急げ。思い立ったが吉日。鉄は熱いうちに打て。デルタは早速ドラムを呼び出すと「おまえに言っておきたいことがある」と切り出した。
「んー、改まってなに?」
のん気な返事をしたドラムは何やら思い出したように「あ、もしかしてあのこと?」と続けた。
「えっ、いや、あのことって」
気勢を削がれるデルタ、
「そっかー、デルタも欲しかったんだよな。秘密にしてゴメン」
ドラムがどこからか取り出した小袋、そのパッケージには『うまいやろ棒』の文字。
「このお菓子、めっちゃ美味いんだよ。ちょうどデルタがいない時にアマネがたくさん貰ってきてさ、みんなで山分けしようぜ、って言ったんだけど、デルタの分は」
「菓子の話などしていない!」
デルタの権幕に、ドラムは『うまいやろ棒』を取り落とした。
「あ、いや、大声を出して済まない。オレが言いたいのはその……」
怯えたようなドラムの様子に、デルタはしまったと後悔した。プロポーズをする前に威嚇してどうするのだ。
「オレの方こそゴメン。デルタが真剣な話をしている時にお菓子なんて」
今こそ一気にいかねば。大きく息をついたデルタはここぞとばかりに「ドラム、オレと結婚しろ。それがオレの要件だ」と言ってのけた。
「結婚?」
「そうだ、結婚だ」
一世一代のプロポーズ、のはずが、ピンときていない様子のドラムに、デルタは焦りをおぼえた。
「結婚がどういうものかはわかっているな?」
「まあ、何となく」
何となくでは困る。デルタは「おまえの両親も結婚しているだろう?」と畳みかけた。
「父ちゃんと母ちゃん……そうか、結婚って……」
その途端に、ドラムの顔が真っ赤になった。
「やべっ、ちょっと恥ずかしい」
「子供が恥ずかしがるなんて、おまえの親はどういう生活をしているんだ。まあいい、それで、おまえの返事を聞かせて欲しいんだが」
緊張した面持ちで視線を投げかける。ドラムは小さく頷いた。
「……いいよ。オレ、デルタのこと大好きだもん」
こうしてデルタとドラムの結婚への道のりが始まったのである。
◇ ◇ ◇
広い室内にスマホの着信音が鳴り始めた。調理器のスイッチをオフにして作業を中断した紅シュウはダイニングテーブルの上に置いた電話機を手に取った。表示された名前は蒼井バルト、この世で一番愛しい者の名だ。
「シュウ? 今電話していてもいい?」
「ああ、大丈夫だ」
本当は夕食の準備をしているところだったのだが、彼の生活においてバルトはすべてに優先される。
「じつはさ、オレとおまえでナコウドってのをやってくれって頼まれたんだけど」
「そのことなら、今日の昼に茜デルタから電話を貰った。承知したと返事をしておいたよ」
「そっかー、それなら良かった。オレからもシュウに連絡しておくって言っておいたんだけど、デルタのやつ、仕事が早いなぁ」
「さっさと決めたかったんだろうな」
デルタの想い人(本人はずっと隠していたつもりだが、レジェンドブレーダーのほぼ全員に、とっくにバレていた)である虹龍ドラムと白鷺城ルイの噂はシュウの耳にも届いている。ルイに奪われる前に、何としてでも自分のものにしたかったのだろう。気持ちは痛いほどわかる。
「ナコウドって、どんなことやるんだろ。何だか緊張するな」
バルトのことだ、よくわからないまま安請け合いしたのだろうとシュウは苦笑した。
「仲人は媒酌人とも呼ばれて、結婚までの両家を取り持ったり結婚後も色んな相談に乗ったりするんだが、デルタの話を聞くと、どちらかと言えば立会人を担って欲しいみたいだよ」
「タチアイニン?」
「結婚式に立ち会って、いつ、どこで結婚したかを見届ける。つまり、証人になるってこと」
「結婚の証人かあ」
あまり大袈裟にはしたくないので、シュウとバルトの他は身内だけの列席で、森の小さな教会あたりで式を挙げたいというのがデルタの要望だった。その話を聞いて、テントウムシがしゃしゃり出るかもとコメントしそうになったが、年齢を疑われる、それ以前にネタが通じないだろうとやめておいた。
「二人の関係について訊かれたら、確かに式を挙げたとオレたちが証言するんだ。レジェンドブレーダーランキング一位と二位が証明するんだから事実、疑いようがない。それがデルタたちの狙いさ」
「ふうん」
それにしても、まさか後輩に先を越されるとは、とシュウは思った。自分たちはニューヨークとバルセロナで離ればなれの遠距離恋愛継続中であり、挙式どころか婚約もしていない。それでいて周囲には確定且つ安定のベテランカップルとして、まるで銀婚式を迎えた熟年夫婦のように扱われている。今回デルタたちが真っ先に仲人を頼んできたのがいい例だ。
業界用語の「つがい」として皆に認められているのはバルトを狙う輩たちを寄せつけにくくなるという点で、こちらにとっても都合がよくありがたいが、恋人同士のドキドキ、ワクワク、キラキラといったオノマトペで表現される感情よりも、のんびり、ゆったり、ほっこりなのがいくらか不満である。そう、ロマンチックが足りないのだ。シュウは幾ばくかの期待を込めて言った。
「バルト、この機会にオレたちも……その……しないか」
「え? 何をするって?」
「だから、その、式を挙」
「あーっ!」
突然、耳元でバルトの大声が炸裂した。
「ごめん、シュウ。ワキヤに電話するの忘れてた。また連絡するから」
ブチッと音声が途切れる。
溜め息をついたシュウは調理を再開したが、そのあとの一人きりの夕食はいつにもましてわびしかった。
◇ ◇ ◇
「なんでそないな大事なことをこのワイに報告せんのや!」
ビクトリーズのリビングに一台のみ設置されているパソコン、その画面に大映しされているのはwbba.会長・コミッショナーの小紫ワキヤだ。ネットのコミュニケーションツールから連絡が入り、指名されたデルタが対応に出てみると、開口一番にドヤされた。どうやらドラムとの結婚の一件がワキヤの耳に入ったらしく、直接知らせなかったことをなじられてしまったというわけだ。
「……申し訳ありません」
「レジェンドブレーダー同士の結婚やて、こんなにめでたいことはないで。これはwbba.の総力を挙げて祝わなあかん」
会長肝いりの企画として、挙式は某有名神社で、披露宴は小紫グループが所有する大宴会場で行ない、その様子は世界中へ生配信するつもりだと、ワキヤは息巻いた。
「いや、オレたちはそんな……」
ベイブレード世界大会じゃあるまいし、ブレーダーとはいえ結婚という私事を配信したところで、そいつを視聴する者がどれだけいるというのか。
「森の小さな教会」を予定していたデルタがそこまで派手にやらなくてもと告げると、ワキヤは彼の象徴である黄色いトゲのついた肩をいからせたあと、ズズーッと画面に顔を近づけてきた。迫力満点のどアップだ。
「何を言うとるんや! ベイブレード界を盛り上げるのに、こないなチャンスはないんやで。ああ、もしかして金の心配をしとるんか? 費用は御祝儀を兼ねて全部ワイが持つさかい遠慮はいらん。パーッと賑やかにいこうやないか」
「え、それは、その」
「ええな!」
「は、はあ……」
「よっしゃ。大船に乗ったつもりで、あとはこっちに任せとき」
詳しいことはまた後ほど連絡すると言って、ワキヤからのほぼ一方的な通信は終了した。身内だけでこぢんまりと、という思惑からはかけ離れた、大掛かりな挙式と披露宴になるであろうという展開に、デルタは肩で息をついたあと、ドラムの部屋へと向かった。
結婚を約束したとはいえ、二人は同じ部屋で過ごしているわけではない。ビクトリーズの所属になってから、デルタはドラムの隣の部屋をあてがわれたのだが、どちらの居室もさして広くはなく、ダブルベッドを置けるようなスペースはないのだ。ヘタをするとこのままずっと別々の部屋で夜を過ごす羽目になりそうで、結婚前も後も日々の生活には変化がない、なんてことになるのではと暗澹たる思いに囚われる。
ノックをして中に入ると、ベッドの端に腰掛けたドラムがこちらを向いた。その手にあるタブレットには蒼井バルトのバトルの様子が映し出されている。先輩の技を熱心に研究していたようだ。
「ワキヤ会長、何の連絡をしてきたの?」
「ああ、じつは」
デルタはワキヤの話の内容をドラムに告げた。
「……披露宴にはレジェンド全員が出席するとか、ランキング百位以内に入っているブレーダーはみんな呼ぶとか、会長の話はどんどん規模が大きくなって、オレの意見は全く聞いてもらえなくて途方に暮れたんだけど」
「そっかぁ」
ドラムは小首を傾げたあと「でもさ、でもさ」と続けた。
「たくさんの人に祝ってもらえるって、すっげー幸せなことじゃないかな。オレは嬉しいし、ありがたいって思うけど」
デルタは虚を突かれてたじろいだ。それから、ドラムの言葉は正論だと思った。その場に臨んだ全員が自分たちの関係を認めて「おめでとう」と口にする。結婚式や披露宴をわざわざ観ようとする人々も祝う気持ちがあるから、ではないのか。結婚は総じて祝い事なのだから、祝福されないよりもされた方がいいに決まっているじゃないか。
「ドラム……おまえの言うとおりだ」
そうなのだ、何事も善意に且つ前向きに捉えるのがドラムという人間であり、自分はそんな彼の優しさやひたむきさに惹かれたのだ。
「オレはちょっと考え違いをしていたようだ。会長のプラン通りに進めてもらおう」
「うん。どんな式になるのか楽しみ」
「そうだな」
何だかいいムードになってきた。デルタはドラムの隣に腰掛けると、彼の肩を抱いてそっと口づけた。
「あ……」
ドラムの頬が薄く染まる。キスなら一日に何度か交わせる程度の関係には進んだが、そこから先へ進展するのはなかなかハードルが高い。それでも今なら、このタイミングならイケるのではないか。
そのままベッドへ倒れ込むと、相手の身体に覆い被さる格好になる。無防備なドラムの、首から胸までの肌が露わになり、そっと触れると己の下半身がじんわりと熱を帯びてきた。
「デルタ……オ、オレ」
潤んだ瞳でこちらを見上げるドラムに、
「大丈夫だ、何も怖いことはない」
次の段階へ、あわよくば最後までと、期待が高まるデルタだったが、その時、
「おーい、ドラム、デルタ、晩メシできたぞー」
ドラムの叔父にしてビクトリーズのオーナー、虹龍タンゴののん気な大声が廊下中に響き渡り、驚いたらしく跳ね起きたドラムの石頭がデルタの顔面を直撃した。
「……ッ!」
「あ、ご、ごめん」
——夕食の席にて、鼻の穴に突っ込まれたティッシュペーパーの理由を訊かれたデルタは笑って誤魔化すしかなかった。
◇ ◇ ◇
デルタとドラムの結婚式がいよいよ二日後に迫ってきた。日本にある施設で行なうため、現在海外に居住する出席予定者のうち、日本人は帰国したらそれぞれ実家に待機するよう、会長直々に命令が下った。せっかくの機会なので、両親に顔を見せて親孝行しろというのがその理由だ。また、スペインなど諸外国の出身者に関しては披露宴会場に程近い場所にある『ニューキャッスルKOMURASAKI』というホテルが手配されていた。
まとまって移動することになったBCソルに所属するメンバーはバルセロナ—成田間の直行便へ一斉に搭乗した。さらに、空港からは用意されたマイクロバスに乗り込んだのだが、バスはまずホテルの前に到着、ここでシスコ・カーライルやフリー・デラホーヤらが下車し、そのあとバルトや黄山乱太郎の自宅をまわる手筈になっていた。
荷物を手にして座席から腰を浮かせつつ、ホテルの豪奢なエントランスに目をやったシスコが「『ニューキャッスル』だって? ラブホかよ」と呟くと、近くに座っていた乱太郎がすかさずツッコミを入れた。
「ラブホじゃねーよ、ここらじゃ屈指の高級シティホテルだとよ」
「ほう。抜群のネーミングセンスだな」
「天下の小紫グループだからな。で、向こうに見えるでっけえ建物が披露宴会場」
「確かに、歩いても充分に行けるな。楽勝じゃねーか」
「ンじゃ、またあとで」
一旦帰宅してからホテルを訪れる約束をしたとかで、乱太郎がそちらに向かって手を振る。すると、降りかけたフリーがバルトの方を向いた。
「キミは来ないの?」
「あっ、えっと……」
思いがけない言葉に戸惑っていると、フリーは薄く微笑んだ。
「プールとかボウリング場とか、面白い遊戯施設があるって聞いたんだ。せっかくだからおいでよ」
「う、うん」
曖昧に応じるバルトを乗せて、バスは再び走り始めた。乱太郎の家の前では弟の乱次郎が待っており、彼に軽く挨拶をしたバルトは空港を出発して二時間以上経ったのちに、ようやく自分の家に辿り着いた。
「うへー、けっこう時間かかったな。母ちゃん、ただいま~」
奥の部屋から母の返事が聞こえると同時に、弟の常夏と妹の日夏が現れた。
「兄ちゃん、お帰り」
「部屋でシュウくんが待ってるよ」
ニューヨークブルズに所属しているメンバーで、披露宴に出席するのはシュウの他に墨江フブキとレーン・ヴァルハラだが、彼らブルズ組はBCソル組よりも先に、日本に到着したらしい。帰宅してすぐに蒼井家を訪れたという話で、バルトは慌てて二階に駆け上がると自室のドアを開けた。部屋はスペインに渡ってからもそのままの状態で、小学生の頃から愛用している勉強机の椅子にシュウが腰掛けていた。
「シュウ! 会うのは久しぶりだよなぁ。この頃は電話とかメールばっかだし」
「そうだな」
バルトの元気な様子を見て、シュウは満足そうに微笑んだ。
「長旅でお疲れのところ悪いなとは思ったんだが、小紫から宿題を渡されて」
「宿題?!」
シュウの手には数枚の紙が握られていた。ワキヤからのメールをプリントアウトしたものらしい。
「デルタたちの結婚式当日のスケジュール表と、オレとおまえの役割分担確認、それから、仲人の挨拶を考えておくようにという話だよ」
渡された用紙に目を通したバルトは「うわぁ」と声を上げた。
「こんなにやることあるの? オレにおぼえられるかな」
自信なさそうに言うバルトを見やったシュウは「大丈夫だよ」と続けた。
「披露宴の司会進行は穴見氏だそうだ」
「そりゃ当然、つーか、他にやれる人いないし」
「司会者が宴の流れを把握して、その都度指示してくれるから。もっとも、挨拶文だけはオレたちで何とかしないと」
「そっかー。フリーのところに行くの、間に合うかな」
バルトがふと漏らした言葉をシュウは聞き逃さなかった。
「どこへ行くって?」
「えっ、だからその……」
シュウの気配が一転したのに不安をおぼえつつも、バルトは「ホテルにフリーが泊まってて、遊びにおいでって言われてさ」と続けた。
「ふうん……フリー・デラホーヤがね」
わざわざフルネームで呼ぶシュウの醸し出す雰囲気はますます重くなる。
『(ワキヤが用意した)ホテルにフリー(やシスコたち)が泊まってて、(プールとか色々施設があって、あとでクミチョーも訪ねて行くからキミも)遊びにおいでって言われてさ』——とでも説明すれば良かったのに( )の部分を端折ったために、常日頃からフリーとの仲を疑っているシュウの誤解を招く表現になってしまった。バルトらしいと言えばそうだが、迂闊だとも言える。
「ごめん、オレ、何か変なこと言った?」
「いや、別に。だったら挨拶はオレが考えておくから、おまえは出かけてくればいい」
シュウの言葉はあくまでも穏やかだが、とげとげしさは拭え切れない。「はい、そうですか」と出かけられないことは流石のバルトでも承知していた。
「そういうわけにはいかないよ。シュウに仕事を押し付けて自分だけ、なんて」
すると、シュウは改まった口調で訊いた。
「もしも、デルタたちが『フリーと二人で仲人をして欲しい』と頼んできたとしたら、おまえはそれに応じたのか?」
「えっ、それってどういう」
「オレでなくても、フリーでも良かったんじゃないのか?」
「そんな……」
些か鈍感なバルトもシュウの言わんとすることはわかった。彼は真っ直ぐにシュウを見つめると、言葉を選びながら「……もし、そうだったとしてもオレ、シュウと一緒にやりたい。そうデルタに伝えて、承知してもらえるようにするよ」と告げた。
「仲人ってパートナー同士がやるんだろ。オレのパートナーはシュウだもん」
暫し黙り込んだシュウは「済まなかった」と呟いた。
「つまらないことを言った。忘れてくれ」
「そんな、謝らなくていいって」
シュウは腕を伸ばしてバルトを抱き寄せると、その髪を撫でた。こんなふうに触れ合うのも久しぶりだ。キス? それとも、もうちょっと?
「……いや、今日はここまでだ」
自分に言い聞かせながら、シュウはバルトを放した。
「今日はここまでって?」
「披露宴当日は疲れるだろうから、終わってすぐに休めるようにってことで、デルタたちには会場近くのホテルでの宿泊を手配したと小紫が言っていたんだが、仲人の二人はどうすると訊かれたんだ。スイートルームなんて、そんな部屋に泊まれる機会はなかなかないし、せっかくだからとお願いしたけど、よかったかな?」
「会場近くのホテル……」
首を傾げるバルトをシュウは眩しそうに、やや照れた面持ちで見ていた。その視線には「ホテルのスイートルームでの夜を二人きりで過ごす」に過度の期待が込められている。
そこへドアをノックする音が聞こえて、常夏たちが麦茶の入ったグラスを持って入ってきた。
「休憩しましょ~」
「ああ、ありがとう」
「シュウくんとバルにい、仲人やるんだってね」
「そうなんだ。その時の挨拶を考えようかと……」
双子との会話にシュウが応じている間、何やら考えていたバルトは「あーっ! さっき寄った、あそこがそうか!」と声を上げた。
「どうした、バ」
「その泊まるホテル、ラブホって名前だろ?」
◇ ◇ ◇
『春夏秋冬に寄り添い、四季を映す緑豊かな庭園。神様に見守られ、えにしに導かれたお二人の絆は今日ここから、さらに深まります。辺居振神社芭栖杜殿は新たなる出発に相応しい格式とおもてなしで皆様をお待ちしております』
テレビコマーシャルやネットの広告で見かけたことはあったが、まさかここで自分たちが式を挙げるとは思ってもみなかった。芸能人やスポーツ選手に文化人まで、かなりの有名人たちが挙式の場として選ぶ、セレブ御用達の神様なのだ。芸能界には疎いベイ一筋の男でもそのくらいは知っている。コミッショナーには「ベイブレードはスポーツ、レジェンドブレーダーともなれば一流アスリートや。気後れすることなんかあらへん」と言われたが。
黒五つ紋付羽織袴に身を固めたデルタは深呼吸をすると、一歩前に進み出た。いくらか黴臭い中に井草の匂いが混じり合い、如何にも古びているがそれなりに豪奢な神殿だ。斎主の祝詞が響く厳かな雰囲気に背筋がスッと伸びる。傍らのドラムは「より結婚式らしい演出」のために白無垢姿で、極度の緊張のせいか綿帽子の下は度々見せる「コワいカオ」になっていた。
誓杯の儀、いわゆる三三九度の杯からの玉串奉奠と続き、指輪の交換に両家の挨拶と、神前式の行程が消化されていく。この場での式典が終了すると披露宴となるわけだが、さすがに神殿内は撮影禁止のため、神社自慢の和風庭園に出たところの、白い玉砂利の通路にて、カメラやマイクを持った人々が待ち構えていた。もちろん、ワキヤが話していた「レジェンドブレーダー挙式生配信」の撮影隊だ。
「茜デルタさん、ドラムさん、御結婚おめでとうございます!」
「幸せいっぱいなお二人の、今のお気持ちをお聞かせください」
マイクを突きつけられたドラムはまたまた真っ赤になると、眉を吊り上げて目を三角にした。大きく開いた鼻の穴から湯気を出しつつ、たどたどしく答える。
「えっ、その、いや、あの」
花嫁?の笑顔を期待していた人々はギョッとした様子で後退ったが無理もない。結婚式場で撮ったとは思えない、こんなにも恐ろしい顔が世界に中継されてしまった。何とか挽回せねばと、デルタはドラムを庇うように、前に立った。
「ありがとうございます。滞りなく式を挙げることができてホッとしていますが、ドラムはまだ緊張が残っているようで失礼しました。これから披露宴会場に向かいますので、そこで改めて御挨拶いたします」
それから式場関係者の誘導により、ワンボックスカーに乗り込んだデルタたちは仲人の二人と共に披露宴会場へと向かった。これまた「より結婚式らしい演出」のために、仲人・妻の正装である黒留袖を着たバルトは大はしゃぎで、車の窓に顔をピタッとはりつかせると、
「あっ、あそこ! ほら、見えてきたぜ。あっちの建物がラブホ……」
「こら、バルト! そういう名前じゃないって説明しただろうが」
隣の席に座ったシュウが慌てて右手のひらでバルトの口を塞ぐ。こちらは仲人・夫の衣裳のモーニング姿だ。
「え、何だっけ?」
「『ニューキャッスルKOMURASAKI』だ」
今夜宿泊するホテルの名前だと、デルタも予め聞いているが、誤解を招く名前をつける方に問題があるのではとも思った。
披露宴会場となる建物はかなりの規模で、これまで目にしてきた幾つかのベイアリーナに比べても遜色ない大きさだった。有名な建築家の設計らしく、屋根が捻じれながら上に伸びているのが特徴だが、壁が白いことも相まって巨大なソフトクリームといった有様だ。
「そうだ、会場内にはベイスタジアムもあるってワキヤが言ってたな」
「アリーナでもないのにか?」
「余興でベイバトルやるってさ。新郎vs新婦でやったらウケるんじゃないかって」
「いや、結婚式でそれはさすがに……」
新郎新婦を慮ってか、シュウがチラリとこちらを見るが、バトルが企画されていると聞いたドラムは「えっ、ホントに?」と目をキラキラさせた。さっきまでの緊張もこれでほぐれたようだ。
「デルタ、オレとおまえでバトルだって。楽しみだなぁ」
楽しみにするポイントはそこかよとツッ込みそうになる。披露宴の目的がわからなくなりそうだ。
そうこうするうちに、車は会場の前に到着した。
◇ ◇ ◇
建物内に入ると新郎新婦の二人は控室へ誘導され、仲人はそのまま披露宴会場へ入るように言われた。会場の入口では受付係に配属されたアマネとタカネ兄弟、金道イチカが招待客の対応に追われていた。三人に会釈をして中に入ると、シュウはバルトと共に高砂の席に着いた。
ここからは会場内がぐるりと見渡せる。ゆったりと流れるクラッシック、西洋の古城を彷彿とさせる、壁に施された彫刻やら掲げられた絵画、まばゆい光を放つ大きなシャンデリア、臙脂色の重厚なカーテンと、そこここに配置されたグリーンの美しいコントラストなど、豪華絢爛という言葉に相応しい内装だが、この場所にベイスタジアムを登場させるとなると、あまりにも場違いなのではと懸念された。
淡い水色のテーブルクロスがかかった招待客用の丸テーブルは全部で二十ほど。ひとつあたり六人から七人が着席しており、その殆どが見知った顔だが、ブレーダーと呼ばれる人種がここまで勢揃いすると、しかも着慣れないフォーマルウェアに身を包んでいると圧巻だ。もっとも、中にはTPOを気にしない、いつものファッションのままの者もいて、そのマイペースぶりに、どちらかといえば周囲を気にしてしまうタイプのシュウはある意味羨ましいとも思った。
各自の前にはよく手入れされた銀食器や大きさの異なるグラスが並べられ、真っ白なナフキンが添えられている。期待にたがわぬ豪勢な料理が用意されているだろうが、マナーもへったくれもなく、意地汚くガツガツ食べる者の方が多いのは目に見えており、会場スタッフの顰蹙を買うのも予想がついた。そんな場面にまで「仲人」が責任を問われるわけでもないのに、胃が痛みだすとは己の取り越し苦労気質が嫌になる。
「……皆様、大変長らくお待たせいたしました」
聞き慣れた声が会場内に響いた。「OK! ボーイズアンドガールズ」の呼びかけでお馴染みの穴見氏がシックな装いで司会者席のマイクの前に立っている。いつものハイテンションなしゃべりではなく、落ち着いた口調でアナウンスをしているが、こんな彼を見聞きするのは初めてではなかろうか。
「それでは新郎新婦の御入場です。盛大な拍手でお迎えください」
後方の扉が左右に開き、デルタとドラムがスポットライトを浴びながらゆっくりと進んでくる。華やかなウェディングソングが鳴り響き、割れるような拍手が二人を包み込んだ。
新郎新婦が着席すると、まずは二人の紹介に始まって、この結婚式の仕掛け人でもあり主賓でもあるワキヤの祝辞と乾杯の音頭、アマネたちの祝福の言葉などが続いた。仲人の挨拶はもちろん完璧にこなし、これでひとまず大役を終えたと、シュウはホッとしながらグラスに手を伸ばした。
「シュウ、お疲れ。挨拶はバッチリだったぜ」
「ああ。肩の荷が下りたよ」
「それでは御自由に御歓談」の時間になると、料理と追加の飲物が一斉に、次々に運ばれてきた。豪華なメニューに舌鼓を打つ者もいれば、デルタとドラムの元へやって来て祝いを述べる者もいる。二人を挟んで座るシュウとバルトのところに絡んでくる者もいて、ステーキを頬張ったままの赤刃アイガを引き摺るようにして連れて来た朝日ヒカルはいきなり「お願いします!」と頭を下げた。
「お願いって、何を?」
戸惑う様子のバルトに、さらに畳み掛けるヒカル、
「幸せそうなドラムたちを見て思った。オレもアイガと結婚したい! それで二人に仲人を頼みたいんだ」
「えっ、結婚って、それ」
仲人の二人は思わず顔を見合わせる。一方、
「はぁ? オレまだ食ってんだけど」
必死の形相のヒカルとは対照的に、まるで気のない様子のアイガを見たシュウはヒカルが気の毒になった。が、こればかりは両者の気持ちが一致しないとどうなるものでもない。それはバルトも同じ思いと見えて、
「そ、そっか。今日の式が終わったらさ、またゆっくり話を聞くから」
そう言ってヒカルを宥め、あとで相談に乗る機会を設けると約束していた。
宴も中盤になり、お色直しで洋装になったデルタとドラムによるキャンドルサービス、続いて、突如中央部に出現したスタジアムにおいてベイバトルの余興が続き、その合間に行なわれた新婦のブーケトスでは朝日ヒュウガがビンクのバラのブーケをキャッチしていた。
「へえ~。あれをヒュウガが受け取るとはねぇ」
ニヤニヤしながらブーケの奪い合いを見ていたバルトがこちらに合図を送る。
「どうしたんだ?」
「もう一組、仲人を引き受けなきゃならねーかも、だぜ」
「えっ?」
「シュウにとっては大切な弟子だもんな。やらないわけにはいかないだろ」
バルトが示した方を見ると、遠慮がちに、それでいて情熱的な視線をヒュウガに送る者の姿が映った。
「レーン……そうだったのか」
「なんかオレたちの仲人稼業、めっちゃ忙しくなりそーじゃん」
嬉しそうに張り切るバルトに呆れつつも、シュウはそんな彼を微笑ましく見つめた。それにしても、肝心の仲人が未婚のままというのはいかがなものか。
「それならバルト、やっぱりオレたちも結……」
「あっ、ちょっと待って! 次のバトル、オレも出るー!」
高砂の席に一人取り残されたシュウはまたしても深い溜め息をつくのだった。
〈END〉